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「嫌悪すべきもの」は平和をもたらすことに失敗するものみの塔 1985 | 10月1日
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19,20 (イ)1世紀のクリスチャンはエルサレムがローマ軍に囲まれるのを見た時に何をしましたか。(ロ)「山」は今日,何を表わしていますか。今日,柔和な心を持つ人々は何に促されてそこに逃げるべきですか。
19 ルカの福音書は当時のクリスチャンに,「エルサレムが野営を張った軍隊に囲まれる」のを見たなら逃げるようにと警告しました。すでに注目してきたように,その軍隊は西暦66年にやって来て,ケスチウス・ガルスが軍隊を引き揚げたその同じ年に逃げる機会が生じました。クリスチャンが逃げた後も,エルサレムの周囲で行なわれたわけではありませんが,ユダヤ人とローマ人との間の戦いは続きました。ネロ帝からウェスパシアヌスがパレスチナに派遣され,この人は67年と68年にそこでの軍事作戦を成功裏に推し進めました。その後ネロが死亡し,ウェスパシアヌスは王位継承問題に関与するようになりましたが,西暦69年に皇帝となったあとはユダヤの戦争を終わらせるため,息子のティツスを派遣しました。こうして西暦70年にエルサレムは滅びました。
20 しかし,クリスチャンはそのすべてをエルサレムでずっと見ていたわけではありません。攻囲する軍隊を見るや否や,エルサレムが非常な危険にさらされていることを理解しました。
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「嫌悪すべきもの」は平和をもたらすことに失敗するものみの塔 1985 | 10月1日
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どちらの場合にも,「嫌悪すべきもの」はご自分の民が逃げるようエホバが望まれたその時に現われています。1世紀にクリスチャンは宣べ伝えるためしばらくエルサレムにとどまらなければなりませんでした。(使徒 1:8)滅びが迫っていた西暦66年になってはじめて「嫌悪すべきもの」が確かに現われ,クリスチャンたちに逃げるよう警告するものとなりました。しかし,現代のエルサレムの『中に』いるということは,キリスト教世界の宗教上の領域の一部となることを意味しています。a 腐敗し,背教したそうした環境の中にいながら,エホバに受け入れられる仕方で神に仕えることは不可能です。したがって,この世の終わりの時の早い時期に「嫌悪すべきもの」が現われて,クリスチャンに逃げるよう警告するものとなったのです。「嫌悪すべきもの」が位置についたことを識別したなら直ちに逃げるようにとの警告が各人に与えられているので,キリスト教世界から逃げることは今なお続いています。
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