キリスト教ではないクリスマス
『ヱホバの証者 ― クリスマスを守らない者達。ニュー・アルムの一つの宗教団体であるヱホバの証者は,クリスマスを祝うという一般の習慣に従わない。その地方毎の会衆では,クリスマス休日のために特別の儀式を計画しない。』昨年12月22日の北米合衆国ミネソタ州ニュー・アルムのデイリー・ジヤーナル紙の一記事はこのように書き始められてありました。
他の自称クリスチャンの殆ど全部が,クリスマスについてそんなに大騒ぎするのに,ヱホバの証者達だけが故意とクリスマスを無視することをあなたは不思議に思いますか? しかし,クリスマスはキリスト教のものではないと知れば,あなたは驚くでしようか? クリスマスという名前にも拘らず,クリスマスはキリスト教ではありません。それは非キリスト教です,クリスマスは異教の習慣や迷信や中世時代の言い伝えに基いて居ります。クリスマスは実際には,真のキリスト教とは全然正反対です。こういうことを知ればあなたは驚くでしようか? あなたにとつて,これらのことは極端に思われるでしよう。しかし若しあなたが読んで行くならば,神の言を真剣に採り上げるヱホバの証者が何故クリスマスと関係を持たないかということが判りましよう。一般に,クリスマスはクリスチャンの休日であり,クリスチャンの祝うものと考えられて居ります。しかし,キリスト・イエスと彼の使徒達は聖書こそ神の霊感の真理として受け容れました。―ヨハネ 17:17。テモテ後 3:15-17。ペテロ後 1:20,21。
何時イエスは生まれましたか?
ヱホバの証者達は12月25日を祝いません。それには他にも理由がありますが,12月25日はイエスの誕生の日ではないからです。すべての歴史家達は其の事実を,実際には認めて居ります。合衆国の一人の有名な牧師は1年前に,『1年の365日の中,どの日でも良かろう』と言いましたが,そのように言うことは聖書の事柄に無智であることを示すものです。というのは,イエスの生まれた日は大体ですが,聖書に録されているからです。どうしてそれが判りますか? その証拠は数ヶ所ありますが,その中でも最も大きな証拠は,メシヤ降臨に関する予言です。その予言はダニエル書 9章24-27節に記録されています。この予言は70週のことを語つて居り,エルサレムを再建せよという命令が与えられる時から,メシヤの来るまでは69週であると予言して居ます。
考古学の最近の発見物に依ると,アルタシヤスタ3世は,キリスト前474年に治世を始めました。そしてネヘミヤ記 2章1-10節によると,アルタシヤスタ王の治世20年目にエルサレム石垣を再建する命令は出されました。メシヤは483日(69週)後には来ませんでしたから,『一日は一年』という聖書の規定を適用しなければなりません。(民数記略 14:34。エゼキエル 4:6を参照して下さい。)キリスト前455年から483年を計算すると,西暦29年になります。キリスト前0年,または西暦0年はありませんでした。ですから,キリスト前455年から西暦29年までは,484年ではなく,483年です。
イエスは約30歳の時,メシヤとして宣教を始めました。モーセの律法によると,祭司が奉仕し始めるのは30歳の時でありましたから,イエスが30歳に達すると直ぐに宣教を始めたと結論するのは適当でありましよう。その年齢は,前述の予言によれば,西暦29年の時でした。聖書はまた洗礼者ヨハネが宣教を始めた時を示していますが,この年はその時と一致して居ります。―民数記略 4:3,23。ルカ 1:26-45; 3:14,23を見てください。
ダニエルの予言は更にメシヤは69週の後に絶たれ,70週の中頃(即ち3年と半年の後)にメシヤは『犠牲と供物を廃す』ということを予言しました。イエスの絶たれること,すなわちイエスの死によつて,イエスはユダヤ人の犠牲を必要ないものとし,ユダヤ人の律法をイエスと共に木に釘づけしました。このことから,この予言は3年と半年の後にイエスは死ぬということを示して居ります。(コロサイ 2:14)3年と半年の間イエスは宣教したということは聖書学者が一般に認めるところで,ヨハネ福音書に書いてあることと一致して居ります。ヨハネ福音書にイエスは宣教中,4度過越しの祝いを見たと書かれてあります。(ヨハネ 2:13; 5:1; 6:4; 12:1; 13:1)(詳細については,「良き業に備えを全うする」(英文)の280頁を見てくだい)イエスが西暦33年約4月1日頃の過越しの祝いの時に絶たれた,ということについては疑いがありませんので,イエスはその時より33年と半年前,すなわちキリスト前2世紀の10月1日頃に生まれたということになります。
10月に生まれたということは,全ての証拠とぴつたり一致いたします。その時に牧羊者達は夜,羊の群を見て居りました。そしてヨセフとマリヤはオーガスタス皇帝の命令に従つて,登記するためはるばるベツレヘムまで旅行して来ました。パレスチナの寒い雨季の間,牧羊者は羊の群を外に出しては置かず,また皇帝が,一年で一番悪い季節にすべてのユダヤ人を登記するため旅行させたなどと考えるのは適当でありません。このことはイエスの言葉からも明瞭です『あなた方の逃げることが,冬に起らないよう祈り続けなさい。』マタイ 24:20。ルカ 2:1-20,新世訳。
クリスマスは異教に始まる
これらの事実を考えます時に,イエスの誕生を祝うのに12月25日が選ばれているのはどうしてでしようか? ローマの司教,ジュリアン1世(西暦337-352)初めてクリスマスの祝いを12月25日に定めたと言われています。それではどんな基礎に従つたのでしようか? カトリックの百科辞典(3巻,727頁)は次のように言つています『良く知られている太陽祭,ナタリス,インビクテイ(征服されざる者の誕生日)が我我のクリスマスの日に非常に強い影響を及ぼしている。』また百科辞典アメリカナ英文に依ると,ローマ教会はイエス誕生の祝いを12月25日に定めた。その日とは『ソルの誕生を祝う古代ローマ(異教)の祭日の日であつた,というのはキリスト誕生の日に関する確かな知識が無かつたからである。』(6巻,623頁,1942年版)他の権威達によると,教会はこの祝いを認め,それに新しい意義を与えました,というのは,教会は人人にこの祝いを止めさすことが出来なかつたからです。このためにターツリアンという人は次のように非難しました。『我我は以前に神によつて容け入れた安息日や新月,そして祭日等には関係がないが,サツルヌス祭(そして他の異教の祝祭)をあまりに多くしすぎる。贈物はいたるところで取り交されている。……そして運動とか酒宴は大騒ぎでなされている。』
しかし或る人はこう言うかも知れません。12月25日が異教の起源であり,イエスは約10月1日頃に生まれたとしたら,何故10月1日に祝わないのですか? 何故? 何故ならば,誕生日を祝うということは異数のことだからです。聖書の中に人の生まれた誕生の日は何処にも書いてありません。またキリストの時以前でも以後でも,ヱホバの僕達が誕生日を祝つたということも記録されて居りません。聖書の中に誕生日を祝つたことが二つだけ述べられて居りますが,それらは異教の王達がしたものです。しかもどちらの場合でも,人が殺されて居ります。エジプト王は膳夫の長を殺し,ヘロデは洗礼者ヨハネの首を切つています。―創世 40:20-22。マタイ 14:6-11。
クリスマスの日,大騒ぎ,贈物のやりとりだけが異教のしるしではありません。クリスマスの時の常盤木,寄生木,そして,柊も,自然物を尊敬するという異教の信仰に根ざしています。歴史家であるヒスロップ教授によると,クリスマスの祝いは4000年前のニムロデの時にまで遡るということです。『今やユールの丸太は日の神として神格視されたニムロデの死んだ木である。彼は彼の敵によつて立ち切られた。クリスマスの木はニムロデの再生である ― 殺された神は再び生命に戻る。』― 二つのバビロン,97,98頁。
クリスマスの木を装飾することは,キリスト教以前のテユートン人の時に始まりました。テユートン人達は常緑樹を果実やこくもつで飾りましたが,それは聖なる龍ニイタゲルを記念するためでした。光り輝く金の鐘は,神秘な太陽の神バルデルを祭るために用いられました。(今日,神を否定する共産主義者の国国では冬の木祭りを大大的に行います。例えばルーマニヤの国の場合もそうです。装飾された常緑樹は祭られます。昨年首都のブカレストで,呼びものの中心は70フイートもある木でした。その木には何千という燈火がつけられ,金の玉や金属の鐘がつけられました。)
クリスマスのカードに出ている3人の博士達に就いてはどうでしようか? それはもつと異教のものです。先づ最初に,何人の博士が居たかなど,聖書は述べて居りません。次に,彼等は,イエスが約2歳頃の時にイエスと母親マリヤを訪問したようです。聖書の説明によると,イエスは,嬰児とは書かれ居らず幼児(または年の小さい子供)と書かれてあります。また馬槽には居らず,家に居りました。また,2歳以下の男の子を殺せというヘロデの命令にも気をつけてください。それに,次のことは全く明瞭です。すなわち,光でもつて博士達を導いた者は,天使達を使つて牧羊者をイエスの馬槽に導いた者と同じではないということです。若し同じでしたならば,何故博士たちをイエスの最大の敵に導き,イエスの生命を危うくし,多くの子供達を殺すようなことをするのでしようか? 神は神の民に異教の宗教とは何の関係をも持たないようにと警告して居りました。その神が,悪魔の神を崇拝する異教の天文学者あるいは博士達を神の子のところに導いたと結論するのは全く不合理です。―イザヤ 47:13。マタイ 2:1-18とルカ 2:8-20を比較しなさい。
そして,靴下や,サンタクロス,聖ニコラスをぶら下げることについては如何ですか? 或る程度まで,これらは異教の起源ではありませんが,初期中世の起源に始まつています,そして勿論,聖書にはなんらの根拠もありません。
何故祝わないのですか?
クリスマスは異教の始まりであるにしても,そんなにもよろこびをもたらすのに何故祝わないのですか? という質問がなされるかも知れません。何故ならば,神の言は繰り返し警告して,神の僕達が偽りの崇拝と関係を持たないようにと命じているからです。例えば,使徒パウロがこの事をどれ程強調して述べているかということに気をつけてください。偶像に捧げられる食物の事を議論し,偶像は実際には何物でもないという点を述べてから,パウロは更に続けてこう申しています。『人人が犠牲とするものは,悪鬼共に犠牲とするのであつて,神にではない。あなた方は悪鬼共と係り合わないでいて貰いたい。あなた方はヱホバの杯と悪鬼共の杯を飲むことは出来ない。あなた方は「ヱホバの卓子」と悪鬼共の卓子を共にすることは出来ない。それとも「私達はヱホバに嫉みを起させているだろうか?」 私達はヱホバより強くはないではないか?』― コリント前 10:19-22,新世訳。出エジプト記 23:24,32,33。申命記 7:16。コリント後 6:14-18。ヤコブ 1:26,27,新世訳。
しかし,商売人はこの季節を十二分に利用します。品質の良くない品物を売りつけ,儲けています。そして出来るだけのことをして,すべての人にクリスマス熱を与え,「人人の血の中にまで休日の精神を吹き込みます。」合衆国で,クリスマスの買物をする人がいつたい何百万ドルのお金を費うかということについては,見積りは異りますが,1951年の休日の後に,ニュー・ヨーク市だけで衛生局は,2万5000トンのゴミを清掃しなければならなつたということは,どれ程まで人人が浮かされているかということを示して居ります。
たしかに,イエスは『受けるよりは与える方がもつと幸いである。』と言いました。併し,その事は,与える事が心からのものであつて利己的でない時に真です。イエスがまたこう言つた事をも思い出して下さい。『あなた方が御馳走や夕食を設ける時には,あなた方の友人,兄弟,親戚,または金持ちの隣人を招待するな。多分,何時か彼等もお返しにあなた方を招待して,返礼するであろう。あなた方が御馳走を設ける時,貧しい人人,不具者,跛者,盲人を招待しなさい。そうすれば,あなた方は幸いであろう,というのは彼等はあなた方に返礼をしないからである。あなた方は義しき者の復活に於いて報いを受けるであろう。』― ルカ 14:12-14,新世訳。クリスマス熱の余波を受けて,或る不幸な人人は『慈善品』をもらうかも知れません。併しこの事をもつて,クリスマスは実際には,悪魔の罠であるという事実を消し去ることは出来ません。クリスマスは人人を欺き,異教の習慣や儀式にすつかり従わせながら,クリスチャンであると考えこますのです。その異教の儀式は肉慾の本能を満足させ,金,健康,生命を消費させ,さらに一番悪いことに,ヱホバ神に嫉みを起させるのであります。
真のキリスト教はそのような事をしません。真のキリスト教は1年365日,毎日人人に善を行うのであつて,たつた1日だけということはありません。そして単に物質的な面だけではなく,更に重要な霊的な宝は永遠の生命に導くものです。ヱホバの証者達はこの大切なことをするために,生命を献身しています。
それで,何故ヱホバの証者達がクリスマスを祝わないかという理由がお判りでしようか?