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「嫌悪すべきもの」は平和をもたらすことに失敗するものみの塔 1985 | 10月1日
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今日の「嫌悪すべきもの」
12 現代の「嫌悪すべきもの」とは何ですか。
12 では,現代の「荒廃をもたらす嫌悪すべきもの」とは何でしょうか。1世紀の場合,それはエルサレムにパックス・ロマーナを再び強制するために派遣されたローマの軍隊でした。しかし現代において,第一次世界大戦を戦った諸国民は,全面戦争が平和を強制する点では役に立たなかったことに幻滅し,新しいもの,つまり世界平和を維持するための国際的な機構で実験を試みました。それは1919年に国際連盟として産声を上げ,今なお国際連合として存続しています。これが,現代の「荒廃をもたらす嫌悪すべきもの」です。
13,14 (イ)「嫌悪すべきもの」についてキリスト教世界はどのようなへつらいの言葉を語ってきましたか。(ロ)これが偶像礼拝の行為と言えるのはなぜですか。同世界は「嫌悪すべきもの」をどのような位置に置きましたか。
13 興味深いことに,ダニエル書の中で「嫌悪すべきもの」と訳されているヘブライ語はシックーツです。この語は聖書の中で主に偶像および偶像礼拝に関して用いられています。(列王第一 11:5,7)この事を念頭に置き,国際連盟について宗教指導者たちが述べた幾つかの意見を読んでみてください。
「もしこれを神の王国とみなさないとしたら……人類の世界連邦をどのようにみなすことができるだろうか」。「国際連盟は福音に根ざしている」。(アメリカ・キリスト教会連邦協議会)「[国際連盟の]種々の目的と活動のいずれを取っても,それはイエス・キリストの教えによって知らされた神の意志を成就するものだと断言できる」。(英国国教会主教団)「したがってこの会議は,国際連盟を,[地上における平和]を実現させるための有効な唯一の手段としてキリスト教を奉ずる人々すべてが支持し,祈りとすることを勧める」。(英国のバプテスト教会・組合教会・長老派教会の教会員から成る一般団体)「[国際連盟]は,法王庁が幾度も願い求めてきた事柄を実践するためになされてきた唯一の組織的な努力である」― ウェストミンスター大司教,ボーン枢機卿。
14 諸国民が神の王国を退けたばかりか,平和をもたらすために独自の機構を確立したことは反逆の行為でした。キリスト教世界の宗教指導者がその機構を神の王国および福音と同一のものとみなし,それは平和をもたらすための「有効な唯一の手段」であると宣言したことは偶像礼拝の行為でした。彼らは同機構を神の王国の位置に,つまり「聖なる場所に」置いていたのです。確かにそれは「立ってはならない所に立って」いました。(マタイ 24:15。マルコ 13:14)そして宗教指導者は,設立された神の王国を人間に指し示すよりも,国際連盟の後身である国際連合をなおも支持し続けています。
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「嫌悪すべきもの」は平和をもたらすことに失敗するものみの塔 1985 | 10月1日
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マタイによる書では,攻囲する軍隊は『荒廃をもたらす嫌悪すべきものであり,預言者ダニエルを通して語られたとおり,聖なる場所に立っている』と描かれています。(マタイ 24:15)マルコの記述によれば,「嫌悪すべきもの」が「立ってはならない所」に立つ,とされています。(マルコ 13:14)マタイの記述は,「嫌悪すべきもの」のことがダニエル書の中でも言及されていると述べています。実際,「嫌悪すべきもの」という表現はダニエル書の中に3回出ています。1回は(複数形で)ダニエル 9章27節に出てきますが,そこでは,エルサレムが西暦70年に滅びた時に成就した預言の一部として記されています。次いで,ダニエル 11章31節と同12章11節に出ています。これらあとの二つの聖句によれば,「嫌悪すべきもの」は「定めの時」,つまり「終わりの時」に位置につけられることになっていました。(ダニエル 11:29; 12:9)わたしたちは1914年以来「終わりの時」に住んでおり,それゆえにイエスの警告は今日でも当てはまるのです。―マタイ 24:15。
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「嫌悪すべきもの」は平和をもたらすことに失敗するものみの塔 1985 | 10月1日
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今日でも同様に,キリスト教世界の滅びをもたらす手段が姿を現わしています。したがって,キリスト教世界がさらされている危険を識別したらすぐに,「山」,つまり神の神権組織と共にあるエホバの避難所に「逃げ」なければなりません。他の預言を調べても,キリスト教世界に対する攻撃が開始されてから同世界が最終的に荒廃するまでの間に息つく暇があると考えてよい根拠は見いだせません。実際のところ,交戦中にそのように一息入れる必要は少しもありません。柔和な心を持つ人々は賢明にも今キリスト教世界から逃げます。
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