-
神にも喜ばれる「いちじく」ものみの塔 1979 | 12月15日
-
-
園丁は答えて言いました,『ご主人様,それをことしもそのままにしてやってください。いずれまわりを掘って肥やしをやりますから。
-
-
神にも喜ばれる「いちじく」ものみの塔 1979 | 12月15日
-
-
4 地上におけるご自分の代弁者による三年半の宣教ののち,象徴的ないちじくの木を植えた方は,どのような点で,その木が実を結んでいないのをご覧になりましたか。
4 イエスがこのたとえ話をされたのは,ユダヤ人が西暦32年の秋の幕屋の祭り(スッコース)を祝った後のことでしたから,イスラエルの地で公の宣教を開始されてから三年後のことでした。その時,イエスの福音宣明の業は四年目に入っていました。したがって,それから六か月たたないうちに,イスラエル国民はイエスを退け,エルサレム城外でイエスを刑柱にかけて殺したことになります。イスラエル人の間での三年半の働きの結果としてイエスが得たものは,その労苦の実としての弟子わずか二,三百人に過ぎませんでした。イエスの天の父であるエホバ神は,イスラエルという象徴的な木を植えておられました。エホバのみ子であり,地上におけるその代弁者であるかたが,三年半にわたって特別に世話をし,注意を注いだのですから,エホバがその実をお求めになったのは当然でした。しかし,メシアなるみ子の追随者という点では,比較的に言って,実は一つも見いだされませんでした。たとえ話の「園丁」のように,み子はその象徴的ないちじくの木の回りを,宣教の四年目の半ばまで“掘り”つづけられました。しかし効果はありませんでした。
-