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塔53 5/15 162–173ページ

神の国は何時来るか?

『我また夜の異象の中に視てありけるに,視よ,人の子の如き者天の雲と共に来れり,而して……之に支配権と栄光と国とを賜う。』― ダニエル 7:13,14,ア標。

1 エホバは,何を持つ人間を創りましたか? 或人々は,その様な備え物をどの様に利用して来ましたか?

エホバ神は,考える心を持つ人間を創りました。人間は,此の心を使つて論ずることが出来ます。人間は他の人の意見を考え,自分で善悪を弁えることが出来ます。即ち,人間は古い使い果たされた結論で,誤りと認められたものを棄てると同時に,学ぶことによつて進歩することが出来ます。しかし乍ら,多くの人々は,自分達の心を利用するのを拒絶し,寧ろ自分の事を他の人に考えて貰うしまつです。人々は,新しい考えがうまれると,多くの場合,先ず第一にそれを拒否します。〔紀元〕14世紀の始め頃,人々は,今日に比較すると非常に無智な状態で生活して居ました。彼らは,自分達の教師達や神学者達を信頼して居ました。そして,その教師や神学者達は前の時代の人々の紹介した発見物に依頼したのです。そして,その発見物の多くは全く根拠のないものなのです。何か新しい考えが紹介されると,当時の神学者達がそれを拒否したのです。

2 或科学者達の考えに対して,人々はどんな反応を示しましたか?

2 1543年,コペルニクスは一つの研究を発表しました。そして太陽とあらゆる星が地球を中心に回転して居るという,それまでの古い考えを否定しました。その考えは当時のあらゆる大学で教えられたものなのです。コペルニクスは正しかつたのですが,彼の意見は拒絶されました。ガリレオは,アリストテレスが残念ながら多くの事柄に間違つて居た事を証明しました。然しそれも無駄でした。彼の研究は,アリストテレスを信じきつて居た神学者や多くの人々を躓かせました。そして,ガリレオは正しかつたのですが,宗教裁判にかけられ,彼の幾つかの論理は教会の権威によつて廃棄されました。彼は禁錮の宣告を受けて監視され,死ぬまで牢獄にあつたのです。人々はただ先例に倣い,前代の人と同様に,証明された研究を斥け,古い使い果たされた偽りの考えを固執して生活し,やがて死んでいつたのであります。

3,4 今日,多くの人々は見分の心をどの様に利用して居ますか? 国々のうちにはどんな状態が存して居ますか?

3 奇妙に思われるかもしれませんが,我々も今日同様な状態下に住んで居ます。多くの人々は自分の心を用いず,自分達の事を他の人に考えさせて居ます。健全な論理が紹介されて,一般の観念や,誰かが人々に教えて来た事柄を反証する時,人々はその健全な論理を斥けてしまいます。彼らは偽りの事柄を未に固執して生活し,やがて死ぬのです。

4 今日,我々が自分の周囲を眺める時,我々は人類一般の状態をありありと見ることが出来ます。どの国民を見ても,其処には恐怖と,不安の徴があり,平和な環境のもとにに生きたいという強い欲求があらわれて居ます。キリスト教国の人々は,子供の時から,来るべき国,より良い政治機構について,即ちあの神の国について教えられて居ます。世の終りは,何代も前から,色々な方法で予言されました。色々な,ひとりよがりの予言者があらわれて,世の終りが間もなく来ると宣明しました。そして多くの人々が自分の家を離れて避難所を求めました。

5 神の国に関する,人々の一般的態度はどうですか?

5 神の国に関する一般的な態度と考えとは,事実非常に混乱して居ります。それは何か抽象的なものです。人々は『み国』について知つて居ます。然しただそれだけでおしまいです。例えば,或人は神の国について考える時,昇天することを予期して,その様な考え方をします。又或者は,人が地上にみ国を建設することを予期し,多くの人々は世界が福音に帰依してから,神の国が建設されるのだと考えて居ます。更に他の者は,キリストが見える様であらわれ,地上に神の国を建設するのだと主張します。しかるに,その様な人々が自分は昇天するのだと信じて居るのです。或者は,人類のうちに神の国が存するのだとさえ考えて居ます。全く混乱した不安定な情景であります ― めいめいが勝手な意見をもつて居るのです。彼らは,自分自身の結論にしたがつて生き,やがて死にます。然しそれは彼らを正義化しません。それは,み国が存在しないという意味でもなく,又み国の様な物が存在することはないであろうという意味でもありません。

6 意見の相違を示す為,どんな実例があげられますか? その事柄はどの様にして解決されますか?

6 例えば,あなた方が裁判の傍聴者となり,事件に關する数人の証言を聞きます。一人の証人は,婦人がバスに乗る時に怪我したのを見たと言います。2番目の証人は,婦人が怪我をしたのを見たが,それは婦人がバスに乗る時でなく,降りる時だと言います。3番目の証人は,自分はその事件を全部見たが,一人の婦人もバスに乗りもしなかつたし降りもしなかつた,そしてそれは婦人でなく年老いた男だつたと誓います。以上すべての証人は自分が事件を見たと主張します。然しめいめい異つた情景を述べます。然し,その情景が混乱して居ても,事件が起らなかつたという意味でありません。事件は起つたのです。事件が生じたという跡があるのです。つまり,一人の人が怪我したのです。明らかにその難物は,数人の人の,事件の解釈にあるのです。だが,どうしたら,その相違点を解決出来るでしよう? それは,すべての証拠を考慮し,論理的結論を得る為,綿密に調査することによつてです。誰かが間違つて居るのです。すべての証人が間違つて証言して居るのかも知れません。然し,それを究めつくすのは判事であります。判事にはそれが出来るのです。

7,8 (イ)神の国に関する混乱した状景は,何を意味しますか? これは以何にして解決出来ますか?(ロ)ここで,すべての人は,どんな質問を受けますか?

7 神の国に関しても同じであります。神の国に關して,キリスト教国が述べる情景は実に混乱して居ます。だが,その事は,み国の様な物がないという意味なのでしようか? キリスト教国の代弁者の描く情景が混乱して居るからとて,それは神の御言葉,聖書が真実でないとか,神の国は生じないとかいう意味なのでしようか? いいえ! 誰かが間違つて居るのです。恐らくキリスト教国代弁者のすべてが間違つて居るかも知れません。然し,あなた方はそれに関して,判事とならなければなりません。あなた方にはそれが出来るのです。どの様にしてでしよう? それは,色々な主張を調べることによつてです。健全な見解をもつて,証拠を量にかけることによつてです。情報の源泉である聖書をひもどいて,正確な論理的結論を得ることによつてです。

8 聖書をひもどけば,我々は多くの人々が,真意を知らずに主の祈りをして居ることに気づきます。然し,あなたはどうですか? あなたはそれを理解して祈つて居ますか? あなたは商人ですか? 農夫ですか? 政治家ですか? 或いは行政官ですか? 又労働者ですか? あなたの生活の道が何であろうと,神の国はあなたにとつてどんな意味をもつて居るのですか? それは何時来るのでしよう? それに関する神の御目的は何でしよう? み国に関するあなたの見解はどんなものですか? み国に関する神の御目的にあなたは如何に一致しますか? あなたの理解は如何ですか?

9 (イ)人間を創つた神の最初の目的は何でしたか? 何が生じましたか? そして神は人間の未来の状態の為,どんな機構をつくりましたか?(ロ)予言された『裔』は誰でしたか? どうしてそう分りますか?

9 聖書をしらぶれば,我々は人間が創られてエデンの園におかれたことを知ります。人間が,永しえに完全な状態のもとに住むという事は,神の御目的でありました。しかし乍ら,人間は罪を犯し,その結果死がすべての人の上にのぞみ,人はみな罪のうちに生まれて居ます。(詩 51:5。ロマ 5:12)そして,人間をこの様な状態から贖うことが神の御目的でした。然し,神はどの様にしてそれを遂行しようとされたでしよう? それは御国の機構を通じてです。それ故,神は創世紀 3章15節で,そのみ国について語つて居ます。そしてそれを完成して全人類に平和をもたらす『裔』が生ずることを予言して居ます。創世記 12章3,7節(ア標)に於いても,それに言及して居ます。―『我は汝を祝する者を祝し,汝を詛う者を詛わん。天下のもろもろの宗族汝によりて福禔を得んと。茲にエホバ,アブラハムに顕現れて,我汝の苗裔に此の地を与えんと言い給えり。』茲で言われて居る『裔』がキリストイエスであることは,ロマ書 1章1,3節及びガラテヤ書 3章16節で示されました。イエスは『血統から言えばダビデの子孫から生まれ』たのです。この神の子は,肉体としての生命を従順に捧げ,霊として甦えされました。

10 多くの人々は,キリストの復活に関しどんな事実を理解して居ませんか? それらの事実は何を示しますか?

10 聖書は,キリストが霊に甦えされたことを明示して居ます。茲では,キリストの復活に関して多くの主張がされて居ると言う事で充分と思います。多くの者は,見える様であらわれたキリストの,色々な容貌を指摘します。しかるに,その様な人々は,若しイエスが肉体に甦えされたのなら,何故形体を現わす必要があつたのか分らないのです。次の記事に注意して下さい。『それから八日経つて弟子達は家に居て,トマスもいつしよにいた。入口の戸は閉じてあつたのに,イエスは入つて来て,彼らの中に立ち,「ご機嫌よう,」と言われた。』若し肉体に甦つたのならイエスがどの様にして鍵のかかつて居る戸を通りすぎたのかおしえて下さい。イエスが鍵のかかつた戸を通り抜けて室に現われたという事は,彼が霊であり,自分の生きて居る事を弟子達に示す為,単に肉の体を着たにすぎない,という事を示して居ます。

11 (イ)その様な体現は珍らしかつたですか? 彼が肉体で復活したのならそれは何を意味しますか? キリストがどんな復活をしたかを示す記録に,使徒のどんな証言がありますか?

11 それは何も不思議でなかつたのです。それ以前にも,天使は形体を現わしました。然し,その時,我々は彼らを人間とは呼ばず,霊者と呼びました。(創世 19:1-11; 32:1,2。ヨハネ 20:12)イエスの場合も同じでなければなりません。若しそうでないのなら,イエスはどんな肉体を犠牲にささげたのでしよう? 若しイエスが肉体に甦えされたのなら,犠牲として捧げられた肉体はないことでしよう。キリストは,自分の肉体を犠牲として捧げ人類の贖を備えたのであるという事を銘記して下さい。然し,若しキリストがその生命を取り戻し,今肉体をもつて居るのならば,その様な贖の恩典がどこにありましよう? 然し,ペテロ前書 3章18節(口語)は,キリストが霊に甦えつたと教えて居ます ―『何故ならばキリストは一度限り,罪のために,正しい方として,不正な人々のために,死なれたからである。これは,肉に於いて殺され,霊に於いて生かされた。』更にコリント前書 15章50節は『血肉は神の国を相続することが出来ない』と申して居ます。神の御言葉を離れては,宗教批評家から如何に高度な事を学んでも,又如何なる哲学的教えを受けても,それは,子供でさえも分る様に簡単な事を説明出来ないのです。

12 ヨハネ伝 6章48節-51節は,我々にどんな事を知らせますか?

12 その事に関するイエス御自身の言葉も,ヨハネ伝 6章48-51節に示されて居ります。『この世の生命のために,私が与えるところのパンは私の肉である。』そして,『もしこのパンを食べれば,人は永遠に生きるであろう。』ここでイエスは,追従者達に彼の肉体を食べなさい,と教えて居ます。然し,若しイエスがその肉体を犠牲に捧げなかつたならば,追従者達は,どうしてイエスの肉体を食べられましよう? 彼はそれを犠牲に捧げたのです。それ故,彼は明らかに霊に復活したのです。

幾つかの反論

13 或人はどんな反論をしますか? これは如何に弁明できますか?

13 これらすべては何を意味するのでしよう? それは,キリストが霊に復活した事を意味して居ます。従つて,彼の再臨も亦,同じく霊者としてでなければなりません。ここに於いて,或者は,使徒行伝 1章11節(口語)に言及して反論するでしよう。『ガリラヤの人たちよ。何で天を見つめて立つて居るのか。あなた方を離れて,天に上げられ給うた。あのイエスは,あなた方が天に昇られるのを見たと同じ有様で,来られるであろう。』この記事が,イエスは同じ有様で来られると言つて居るのに注意して下さい。イエスは彼らの視界から消え去つたのです。彼らは天を見つめながら其処に立つて居ました。そして,もはやイエスを見なかつたのです。イエスは其処を去つたのに,彼らはなおも天を見つめて居たのです。その時天使は彼らにこう申したのです ―「さて,あなた方は何を探して居るのですか? あのイエスは,あなた方が天に昇られるのを見たと同じ有様で,来られるんでしよう。』天使達は,イエスが同じ形で来られるとは申しませんでした。天使達は,イエスの形についてでなく,イエスの立ち去つた有様について語つて居たのです。イエスは,静かに,世の人の知らぬ中に立ち去りました。世の人々は,イエスの昇天を見ませんでした。イエスはそれと同じ有様で再び来られるのです。

14 (イ)黙示録 1章7節は,イエスを『刺し貫いた』者が彼を見ると言つて居ますが,それは如何に説明出来ますか?(ロ)誰かが今キリストを如何にして『見ます』か? この結論は,ほかのどんな聖句と一致して居ますか?

14 然し,他の人も反論して,黙示録 1章7節(口語)に言及します。『見よ,彼は雲に乗つて来られる。一人一人の眼はそれを見,彼を刺し貫いたお前たちも皆それを見るであろう。そして地上のすべての支族はみな彼の故に嘆くであろう。』これは,人々がイエスを見ると言つて居るでありませんか? 此の聖句を検討すれば,我々はこの聖句が比喩的なものであることを認めなければなりません。一例をあげるなら,イエスを刺し貫いた宗教家達も,イエスの来るのを見るのです。さて『刺し貫く』ことは,遙か前に死んで埋められた宗教家には出来ません。従つてそれは,キリストに直接為すことは出来ません。マタイ伝 25章40節(新世)は,イエスを刺し貫く事が,如何にして可能であり,如何に為されるかを示して居ます。何故なら次の様にしるされて居るからです。『私の兄弟の最も小さい者の一人にしたことは,つまり私にしたのである。』彼らはこれに答えて,自分達は一度もキリストを見たこともないし,又イエスの兄弟が彼の言つた様な状態にあつたのを見たこともないと言いました。事実,彼らはそれをイエスに対してしたのであります。従つて,彼らは,イエスの追従者を迫害したり,虐待したりして,イエスを『刺し貫いた』のであります。それ故,黙示録 1章7節で言われて居る「刺し貫く」ことは,比喩的であります。又『見る』という事も文字通りに肉眼でキリストを見るという事でありません。彼らは理解の眼を以つて見るのであります。エペソ書 1章18節(口語)はこう申して居ます ―『あなた方の心の眼が明らかにされて,神があなた方をお召しになるという希望がどんなものであるかを……あなた方が知るように』と。それ故,彼らは理解の眼をもつて,キリストの臨在を見るのであります。これは,ヨハネ伝 14章19節と一致して居ます ―『暫くすれば,この世はもはや私を見ないであろう。しかし,あなた方は私を見るであろう。』若しキリストが雲に乗り来るのなら,この世がイエスを見るのに妨げとなる物が,どうしてありましよう ― 誰でも彼を見る筈です。然るに,イエスは,この世はもはや彼を見ないで,彼の足跡に従い,彼に奉仕する者のみが彼を見る,と申したのです。この通りであつた事を,事実が示して居ます。従つて,彼を見る『一人一人の眼』とは,次の様な人々について言つて居ることなのです。つまり,イエスの臨在に関する聖書予言の成就によつて,見えないながらもイエスの臨在を悟らされた人々についてなのです。

15 (イ)キリストの復活と再臨は,神の国と何の関係がありますか?(ロ)ピリピ書 2章5-11節は,その事柄を如何に明らかにして居ますか?

15 然し,キリストの復活や再来即ち再臨は,神の国と何の関係があるのでしよう? あらゆる関係があるのです。何故なら,使徒達は,キリストの再来を御国及び世の終りに関聯させて居るからです。彼らは,マタイ伝 24章3節(口語)に記されて居る様に尋ねました ―『あなたの来られることと,この世の終りとの徴はどんなでしようか?』 イエスは,御自分が再び来るということを彼らに保証しました。そして,イエスが霊で来るという事は,明白であります。若しイエスの臨在が,御国の建てられる時にあるのならば,それは御国も人の肉眼には見えないという事を意味します。彼が再び肉体で来ることは,確かに不必要です。彼の肉体はその目的を遂行したのです。彼は,その肉体を犠牲に捧げました。そして再び御自分を卑くする必要は全くありません。何故なら,彼は,ピリピ書 2章5-11節(口語)の示して居る通り,高く上げられて天の栄光を受けたからです ― 彼は『自らを卑くして,人の像をもつて現われ,死に至るまで,十字架〔刑柱,新世〕の死に至るまで,従順であられた。それ故に,神は彼を高く上げて,すべての名に優る名を彼に与えられたのである。』それ故,今やイエスは高く上げられたのですから,彼が肉体となり同時に天使よりも高く,又天から地に降る前の彼よりも高くなることは,どうして出来ましよう? 天使達は霊なのですから,そしてすべての人がそれを認めて居るのですから,キリストイエスが霊であることは火を見るよりも明らかであります。

見える『微』を求めて

16 イエスの時代に於いて,ユダヤ人はどんな状態のもとに暮らして居ましたか? 彼らは,『徴』に関するダニエルの予言を,如何に理解して居ましたか?

16 キリスト教徒であると主張する者として,あなた方は,自分の礼拝の基を聖書におくのでしよう? それなら,あなた方は,イエスが肉体をもつて地上に来られた時生じた事に興味をお持ちでしよう。それは,我々の今考えて居る事柄と重要な関係があるのです。では,その時,何が生じたのか簡単に考えてみましよう。その時には,イスラエル国家が存在して居ました。然しそれはローマ帝国に支配されて居ました。彼らは,未だに彼らの礼拝形式を有し,未だに犠牲を捧げ,我らがヘブル語聖書と呼んで居る所謂『旧約聖書』を持つて居ました。彼らは,疑いもなくメシヤの到来について読み,ダニエル書 7章13,14節(ア標)の聖句を参照しました。その聖句はこう申して居ます ―『我また夜の異象の中に観てありけるに,人の子のごとき者雲に乗りて来り……之に支配権と栄光と国とを賜う。』さて,注意して下さい ― 彼らは,天の此の『徴』が,人の子の雲に乗り来ることだと考えたのです。そしてそれが地上に降るメシヤの初臨を示すのだと考えました。然し,彼らは,見える徴,彼ら自身の解釈による見える徴,を求めて居たのです。従つて彼らは,ダニエルの予言を間違つて解釈したのです。ダニエルの予言は,実際には,キリストの再来,即ち再臨に言及して居るのです。

17 イエスの証言は,彼らの誤りを如何に暴露しますか? 彼らのとつた態度の為に,彼らは何をすることが出来なかつたですか?

17 彼らが以上の様な考えを懐いて居たという事は,マタイ伝 16章1-4節の記事によつて証明されて居ます。『パリサイ派とサドカイ派の人たちがやつて来て,イエスを試みて天からの徴を見せてもらいたいと言つた。これに対してイエスは言われた。「あなた方は夕方は,空が焼けているから天気がよいだろうと言い,朝は,空が焼けて曇りだから今日は嵐だ,と言う。あなた方は,空の色を判断することを知つて居るのに,時代の徴を見分けることが出来ないか。悪い曲つた時代は徴を求めるが,ヨナの徴より外の徴はこれに与えられないであろう。」』(口語)まことイエスは其処に居たのです,彼らのうちに居たのです。そして多くの不思議なことを為して居たのです。それらの事はみな,イエスが,来るべき約束の者であることを証明したのです。それにも拘らず,彼らはイエスを認めず,当時に起るべきものでない特別なお徴を求めて居たのです。何故なら,彼らは,その予言を間違つて解釈して居たからです。それ故イエスは彼らにこう申しました ―『あなた方は空の色を判断することを知つて居るのに,時代の徴を見分けることが出来ないか。』イエスが,ユダヤ人に次の如く言つたのも無理ありません。『あなたは徴と不思議とを見なければ信じまい。』― ヨハネ 4:48,口語。

18 イエスと彼の追従者達はどんな音信を宣数しましたか? 何故それは正しかつたですか? そして,イエスは神の国が来ると,どんな風に言いましたか?

18 彼らが聴くことを拒んだにも拘らず,イエスとその追従者達は,次から次へと経あるいて,『神の国は近づいた』と宣教しました。『天国は近づいた』という言葉は奇妙な音信でありませんでしたか? まことそれは彼らにとつては奇妙でしたが,正しい音信だつたのです。どうしてでしよう? 何故なら,王の代表者が臨在して居たからです。彼は,人々のうちにあつたのです。此の意味で『天国は近づいた』のです。この通りであつたという証拠に,我々はイエス御自身の言葉を有して居ます。『神の国は見える状態で来るのではない。「そらここだ」「あそこだ」と人々は言わない。ご覧,神の国は,あなた方の内にあるのである。』(ルカ 17:20,21,口語)それ故,神の国は,多くの人が考えて居た様に,見える外見をもつて,見える状態で来るのではなかつたのです。全くです,イエスは其処に居たのです。そして,彼は王で代表されて居る神の国が近づいたと正しく宣教したのです。

19 (イ)イエスの業をみて,すべての人がイエスに従いましたか?(ロ)どんな歴史的記事が,イエスの業の証明となりますか?

19 イエスは多くの奇蹟を行い病める者を癒し,跛を治し,多くの不思議を行いながら,その地を普く廻りました。(マタイ 12:13,22; 14:14。ルカ 14:1-4)人々は例外なく彼を歓迎したであろう,と考える人も居るでしよう。成程多くの者は歓迎しました。然し他の人々は彼を拒否しました。(マタイ 12:14,15。マルコ 11:8。ヨハネ 7:19)歴史家でさえも,此の驚くべき業を為した人について書きました。ジョセファスは次の様に記録して居ます。『さて,此の頃イエスが居た。つまり,若し彼を人と呼んでもさしつかえないならば,イエスという賢人が居た。というのは,彼は素晴らしい業を為した者であり,真理を喜んで受け容れる人々の教師だつたからである。彼は,多くのユダヤ人及び多くの異邦人を共にひきつけました。彼はキリストであつた。そして,我々のうちの主要な人々への提案によつて,ピラトが彼に十字架の刑を宣告した時も,最初彼を愛した人々は,彼を見棄てなかつた。そして,彼は3日目に再び生きかえつて彼らにあらわれたのである。それは,神の予言者達が,それらの事及び彼に関する他の無数の素晴しい事を予言した通りであつた。』(フラヴィウス,ジョセファス(ウィストン)の著書『ユダヤの古代人』第2巻,第18篇,第3章,45頁(英文)より引照。)それを考えてもごらんなさい! イエスは彼らのうちにあり,神の代表者として人々と共にあつたのです。それにも拘らず,人々は,ヨハネ伝 19章14,15節にしるされて居る通り,イエスを拒否したのです。『彼〔ピラト〕はユダヤ人らに言つた。「おまえ達の王を見よ。」すると彼らは叫んだ。「やつつけろ。やつつけろ。刑柱につけろ。』ピラトは彼らに言つた。「お前たちの王を,私が刑柱につけようか。」これに対し祭司長は言つた。「私たちは皇帝〔カイザル〕以外に王はありません。」』

20 (イ)あの反逆的国民は,どんな『徴』を得ましたか? 然し,どんな『徴』を得なかつたですか?(ロ)その時すべての人が天の徴を求めたのでないという事を,どんな参照句が示して居ますか?

20 強情にも彼らは,徴を求めたのです。そして,その徴を得たにも拘らず,彼らは信じなかつたのです。その徴とは何だつたのでしよう? それは『ヨナの徴』つまり,イエスの死と復活でありました。正にイエスが前に彼らに告げた通りでした ―「この悪い曲がつた時代にはヨナの徴より外の徴は与えられないであろう。」彼らの反逆の為,彼らは破滅をこうむりました。然し彼らは自分達の求めて居た天の見える徴は遂に得ることが出来ませんでした。イエスと共に歩み,イエスと親しく交つて居た多くの弟子達でさえも,イエスの奉仕の終らない中に,彼から離れてしまつたのです。『それからというものは,弟子たちの多くは去つてしまつて,イエスと行動を共にしなかつた。』(ヨハネ 6:66,口語)しかしながら,イエスを認め,天の見える徴を求めなかつた人々も多くさん居りました。何故なら,ヨハネ伝 7章31節(口語)に次の如く記されて居ます。『しかし人々のうち多くの者はイエスを信じた。そして彼らは言つた。「救主が現われた時に,この人がしたような多くの徴をなすであろうか。』絶対になさぬであろう! この様な人々はイエスこそ来るべき者であることを知つたのです。

21,22 (イ)キリストの復活後に於ける,人々一般の態度はどんなでしたか?(ロ)すべての人々は,どんな質問に答えねばなりませんか?

21 キリストが復活した後に於いてさえ,その時代に住んで居た人々は信じませんでした。何故なら,何年も後になつてから,使徒はコリント前書 1章22節23節で,人々が未だに見える徴を求めて居たことを示して,次の様に言つたからです。『ユダヤ人は徴を要求し,ギリシャ人は智慧を求める。だからこそ,私たちは十字架〔刑柱〕につけられ給うたキリストを宣伝える,― ユダヤ人には躓きとなり,異邦人には愚かなこととなる。』(口語訳)その当時証拠もあり事実もありました。彼らはイエスを受け容れることが出来たろうに,反つて拒否したのです。彼らは,神の国に関する理解を欠き,混乱した状態で生存し,遂に死んだのです。そして一生の間,天の見える徴を求めながらも,イエス・キリストの初臨を見落したのです。そのイエスこそ神の王者としての代表者だつたのです。

22 以上の背景を念頭において,あなた方は神の国が打ち建てられたことを信ずる為,何を待ち望みますか? それが打ち建てられたのですから,あなた方を確信させるものは何でしよう? あなた方は,或種の奇蹟,恐らく天の見える徴を見たいと待ち望んで居ますか? 神の国に関しては,多くの主張があります。どれが正しいのでしよう? あなた方は証拠を確め,そして判事とならなければなりません。あなた方は,確信する権利を有して居ますが,真理を拒否することは実に馬鹿々々しいことです。あなた方は,全く損をします!

23 神は,神の民達に,サタンの目的に関するどんな事を啓示しましたか?

23 神の国が打ち建てられた時,悪いサタンが人々の注意をそれからそらせようとする事は,神の良く知つて居られた所であります。サタンが天から地へ落とされた時にそうでした。サタンは怒りたつて居ました。彼はもろもろの国民を世界第一次大戦にまき込みました。彼は,当時起つて居た重要な事件から,人々の注意をそらそうとしました。そして,非常に欺瞞的な方法でそれにとりかかりました。だが,彼は急がねばなりません! 何故でしよう? 黙示録 12章9,12節(口語)にある,霊感による記事に耳を傾けて下さい。―『大龍は落とされた ― 年とつた蛇,― 悪魔またはサタンと呼ばれ,全世界を惑わす者は,地に落とされた……ああ災難であるよ,お前たち地と海とは。何故ならば,悪魔は,彼のもつている時の短いことを知つて,大きな怒りをもつて,お前たちのもとに降つて来たからである。』

24 『惑す』という言葉の意味は,更にどんな事を明らかにしますか? 今は何故恐ろしい時ですか?

24 そうです! その悪い敵は,今や自分の時が短いことを知つて,地上に住む者が神の国機構を認識することの出来ない様にと,力の及ぶ限りの妨害をして居ます。皆さん! 彼は『全世界を惑す』という神の記録にお気づきですか?『惑す』という言葉は,欺くとか,迷わすとかいう意味をも有して居ます。『全世界』は迷わされ欺かれ,神の国に関して誤つた考えをもつにいたつという事を,誰が否定し得ましよう? 然し,神は丁度この事を予言した如く,現在地上に生ずる状態をも予言した。神の御子イエスは,地上に居られた時に,こう申しました ―『日にも月にも星にも,徴が現われるであろう。そして地上にあつては,諸民族は海と波との鳴りとどろくために,不安になやむであろう。人々は恐ろしさに,また世界を襲つて来るものを予想して,気を失うであろう。これは天界のもろもろの権が振い動かされるからである。』ルカ 21:25,26。

25 今日,人々は何に対して警戒しなければなりませんか? ルカ伝 21章に記されて居る『徴』は何故文字通りでありませんか?

25 この予言は,世の終りの時,つまり現在の我々の時代に関するものであり,前に引用した黙示録と一致して居ます。さて,それなら,あなた方は,イエス時代の反逆的ユダヤ人の様に,天の見える徴を求めようとしますか? ルカ伝 21章に記されて居る様な事が文字通り天に生ずる事を待ち望みますか? 注意を怠つてはなりません。慎重に歩んで下さい。何故なら,あなた方は,天の見える徴を求め,今あなた方の眼前にある真の重要な徴を見落として居るかも知れません。ルカの記録したイエスの予言は,人々が不安になやみ,遁るべき道を知らずして,更に恐怖におびえて気を失うであろうと,申して居ります。だが,それらはすべて,何の為なのでしよう? その記事によれば『海と波とのとどろくために』です。また世界を襲う物を予想する為です。『海』とは,神より離れて不安定な,何百万もの人々を表して居ます。彼らがその様な状態下にあるのは,神の御言葉を受け容れて居ない為であり,従つて世界状勢も混乱して居るのです。彼らは恐怖におびえ,暗のうちにあるのです。

26 今日の地上に存する状態について,述べて下さい。この様な事実は何を物語つて居ますか?

26 人間の繁栄はもはや存在せず,失望がもたらされて居ます。人間の支配は,神の御国に反して居りますから,無能で力無きものに思われます。それは悪と汚職と独裁手段と,あらゆる種類の腐敗で満たされて居ります。色々な政府と人間の計画は,粉砕され暗黒へと追いやられて居ます。そして,それについて人々は何事をも為し得ませんから,彼らは恐怖におびえて居るのです。過去6000年にわたり人類は実験し失敗して来ました。人類の大部分は未だに国際連合というほの暗いあかりに頼つて居り,我々は今の今でさえも遠くで,何かよりよい物,世界政府についてわめき合つて居る声を耳にします。国連は今や世界の自由をおびやかして居るとは,多くの人々の叫び声です! これ自体,人間が今まで失敗して来たことを物語つて居り,全くイエスの声明した通り,人間は恐怖のため気を失つて居るのです。『海〔神より離れた不安定な人々〕と波とのなりとどろくために』です。事実は,予言の成就として生じ,あなた方の眼前にあるのです。その予言は,人間の支配が恰も地震に遭遇した如く動揺する,一般的な状態を告げて居ます。―ヘブル 12:26-29。ゼカリヤ 14:3-5,ア標。

諸国民は『集められ』人々は『分けられる』

27 (イ)同様な予言は,外に何が此の組織制度の終りに生ずると予言しましたか?(ロ)善意ある人々は,どの様にして集められますか?

27 然し聖書によれば,もつと重要な或事が生ずる,と予言されました。この組織制度の終りと,神の国の建設に関するその予言に於いて,イエスは次の様に声明しました。『その時,人の子の徴が天に現われるであろう。……彼は大きなラッパの音を合図に,その御使たちを送るであろう。そして撰ばれた人々を天界の隅から隅に至るまで,四方から集めるであろう。』(マタイ 24:30,31,口語)地上に関するこの予言が成就するのを見る時,それは,神の国が打ち建てられたことを意味します。予言は,ラッパの音の合図と共に天使がつかわされると申して居ます。何故でしよう? それは撰ばれた者,神の撰び給いし者を全地から集める為です。我々は,今予言の成就としての,混乱した不安定な世界状勢について考えたばかりです。さて,外に何を考えましよう? イエスは集める仕事について語りました。何処へ集めるのでしよう? 何処かの国家へですか? それとも地上の或地点へですか? いいえ! 天使がつかわされ,ラッパを吹き鳴らすという事を銘記して下さい。ラッパの音が聞えますか? いいえ! 天使を見ようと待つてもなりません。天使は仕事を完成する為につかわされるのです。天使者は使者ですから,メッセージをもたらします。ラッパは,或事を宣明するのに使われます。従つて,ラッパの音と共に来る天使達とは,天使の導きのもとに行われる福音宣教をさして居るに違ありません。何故でしよう? 何故なら,この予言は,集める仕事について語つて居り,宣教は善い便りをひろめ,その結果として人々を集めるからです。即ち先ず第一に,キリストイエスと共に天国に住ませる為,神の撰び給うた遣残者達が集められ,後に善意ある人々は,恰もラッパの音を聞く如く,御国に関するメッセージを聞き,それに応えます。この様にして,彼らすべては悩ましい混乱した国々から集められるのです。

28 質問1920年7月1日号のザ・ワッチタワーをどうして参照しますか? そしてそれは何を示しますか?

28 あなた方は,以上の様な事が生じて居ないと言えますか? 1920年7月1日号のザ・ワッチタワー(英文)に宣明された次の註釈に注目して下さい。ここで,我々はその『御国の福音』という記事の一部を参照します。それは,非常に重要な或事が現在生じて居り,既に何年もの間生じて居り,あの『徴』の成就として生じて居るという事を示す為です。或人にとつては,この引用は何の意味もないかも知れません。然し,それは予言の成就を確証する歴史記録であります。それは現に生じて居ります。そして,我々はその証拠を検討して居るのだという事を銘記して下さい。あなた方は,この事柄に関する判事なのです。その記事の一部にこうあります ―『今や我々は1914年が聖書に明白にしめされた日であることを知り得ます。……今や,主の業に前進する道が開けた様に思われます。そして,先ず第一に為すべき仕事は,真理のメッセージを取上げることのようです。……この目的をもち,〔1920年の〕6月21日は,その仕事を始める日と定められました。……それ故,今は教会が此の善い便りを,キリスト教国に広く宣明する時であります。……我々は我が友である皆様が……便利な所にある普通の集会場を借り,公開集会を完全に宣伝するよう強く要望します。』それに関しては何の疑問もありませんでした。当時神に撰ばれ集められた遣残者達は,直ちにそれに応えました。そして,その時,マタイ伝 24章14節の予言の成就として,『エホバの御国を宣明する』組織化された活動がありました。

29 (イ)その音信は,イエスの時代と同様,今日如何に宣明されて居ますか?(ロ)1919年4月15日号のザ・ワッチタワー誌は,何を言わねばなりませんでしたか? それを参照することが現在,何故重要ですか?

29 キリストは地上にあつた時,追従者達を遣わして宣教させました。今日に於いては,キリストと,油そそがれた天使達の導きのもとに,彼の追従者達が人々に自由を宣教して居ります。イエスと彼の弟子達は,人々に慰めのメッセージを宣教しました。それは普通のと違つて居ました。それは人間に基いた信仰でなく,神の国に基く信仰を有して居ました。今日に於いても同様であります。1919年に於いて,既に宣教の必要性が認められたことを示すものとして,どうぞ1919年4月15日号のザ・ワッチタワー誌120頁1節を参照して下さい ―『自由が全人類にもたらされる時……が来ました。世界には,社会主義を通じて自由がもたらされると信じて居る誠実な善意ある人々が,何千何万と居ります。然しそれを通じて自由がもたらされる事は不可能です。今や所謂『過激主義』〔レーニン主義〕が全地をおびやかして居り,多くの人々は,自由と祝福の手段としてのその主義に望みをかけて居ります。然しそれは失望に終ることでしよう。又他の人々は,無政府状態が救助をもたらすと信じて居ます。然し,この計画も亦,他の人間計画と同様失敗するに違ありません。神の子らは,人類間にこの様な不安がはびこつて居るのを知つても,少しも驚きません。何故なら,人類は過去6000年以上もの間,最大の敵悪魔の束縛下にあり,大敵死に屈して来たからです……人類の大部は,その祝福が如何にしてもたらされるのか理解して居ません。……キリスト教徒の特権は,神の愛しみ給う御子イエス・キリストを通じて,その自由が一般人類にもたらされるのを目のあたりに見ることでした。』このことが1919年のことであり,これが雑誌に載せられて全地に配布されたという事を銘記して下さい。その時以来,同様な宣教の仕事が増加に増加を加えました。そして,今日に於いては,何千何万の人々が,イエスキリストのもとに神の国を通じて,自由への道を宣教して居ります。それらキリスト教徒の数は驚くほど増加してきました。そして,エホバの証者は,予言の成就を認めて居ります。―詩 68:11。イザヤ 60:1,21,22。

30 (イ)「分ける」仕事に関する,マタイ伝 25章31,32節の意味は何ですか?(ロ)その様な事が生ずる事は,何を示しますか? 我々は,どんなことを考えた時,御国の建設を否定出来ませんか?

30 あなた方は,マタイ伝 25章31,32節(口語)に記されて居る聖句をよんだことがありますか? 其処にこう書いてあります ―『人の子は,その栄光をもつて,多くの御使たちをひきいて来る,そしてその栄光の座に坐るであろう。そこで彼の前に諸国民のすべてが集められ,彼は牧羊者が,羊と山羊とを分けるように,彼と此とを分けるであろう。』あなた方はこれが何を意味するとお考えですか? それは『人の子』が天使達と共に来ること,及びその時行われる「集める仕事」について語つて居ります。そして人々は羊と山羊の二つの群に分けられます。丁度今,エホバの王,キリストイエスは,御座に坐して居り,人々を分けて居ります。そして彼は,御国の福音の宣教によつてその仕事を為して居るのです。(詩 2:6-12)この音信を聞き,受け容れ,この世から分けられる人は,毎日何千人も居ります。そして人々は日毎に羊と山羊に分けられて居るのです。この様にして,現に検討された予言は成就するのであります。しかも,それは神の国が建設される時に成就するのです。次の点を忘れないで下さい。あなた方が目のあたりに見る事柄は,神の国が建された事を示して居るという事ですその様な仕事が行われて居るという事実を否定することは出来ません。あなた方がキリストの臨在を肉眼で『見』なくても,それは,キリストが御国の力もて臨在し,神の国が建設された事を否定しては居ません。

31 (イ)キリストは,如何にしてその『栄光の座』にすわることが出来ますか?(ロ)更にどんな事実が,キリストは肉体であらわれる必要のない事を示しますか? そして,使徒行伝 15章14節は,それが如何に為されるかをどの様に明かにして居ますか?

31 マタイ伝 24章に於いて,キリストは,世の終りに生ずる多くの徴の特質に関して語つて居ます。そして,これらのもの全部が成就となつて,キリストが御座についた事を示すのです。キリストは『栄光の座』にすわり,『雲』のうちにあらわれる,という事を念頭において下さい。明らかに,彼の栄光ある座は天にあるのであり,雲は彼の見えない臨在をあらわして居ます。その臨在は,予言に一致して遂行される仕事によつて啓示されるのです。キリストが神の右に在るその高い地位を棄てて,肉体として地上に来なければならないと考えるのは,彼の栄光ある地位を侮辱した考えです。神が地上に在る神の民の活動を指導して居給うということを否定しますか? いいえ,否定出来ません。神は,過去に於いて為した如く,破壊をもつて人々を訪れるという時,それは神が見える様で地上に来なければならないという意味でしようか? いいえ,そうでありません。この事を示して,使徒行伝 15章14節(口語)は,次の如く宣言して居ます。『神が初めに異邦人を顧み〔給うた。〕』従つて,エホバが為さねばならぬ事は,単に「顧みる」こと,即ち,或事を遂行する為それに注意を向けることだけであります。それだけで,その事は為し遂げられるのです。それ故,キリストが来られる』のも,それと全く同じであります。彼は天の力を与えられました。彼がその栄光ある座にあつて,天使を通じて地上の僕達を導くことが出来ないと考えるのは,その尊厳な御力を辱めるものです。(出埃 32:34。イザヤ 26:14)これが正しい見方であることは,イエスの次の言葉に示されて居ます。『あなた方は,人の子が全能者の右に座を占め,天の雲に乗つて来るのを,見るであろう。』(マタイ 26:64,口語)彼は神の『右に座を占め,そのみ力によつて,仕事を指導して居るのです。それ故,彼は以上の様な方法で臨在して居り,『天の雲に乗つて来る』のです。即ち見えない様な臨在によつてです。彼は肉体では臨在して居ません。然し彼の僕達は,予言の成就を通じて彼が見えない様で臨在して居ることを認めるのです。―ダニエル 12:1,10。

質問は解答さる

32 それらすべては,何時起り始めましたか? そして,この世は,何故その徴を認めませんか?

32 然し大きな質問はこれです ―「これらすべては何時起り始めるでしよう?」それらの事柄の始まりが神の国の建設に関係する筈だからです。事実は,マタイ伝 24章に示されて居る多くの事柄,及び他の予言の数々が,実際上1914年から起り始めたということを示して居ます。そして,1914年は,あの徴の多くの特質があらわれ始めた画期的な年であるという事は,この雑誌を通じて度々示されて来た所であります。だが,これが1914年に生じても,諸国民がその徴を認めないのはどうしたことなのでしよう? キリスト教国はそれを認めませんでした。イエスの予言は,キリスト教国はそれを認めず,反つて御国の到来に怒りをもつであろう,と示しました。『天に大きな声が起つて言つた。「この世の国は私たちの主と彼のキリストとの国となつた」……感謝します全能者エホバ神,今在し昔在した方よ,あなたが大いなる権力を執つて,王として統治を始められたことを。諸国民は怒り,あなたの怒りもまた来ました。」』― 黙示 11:15-18,新世。

33 (イ)では『一人一人の眼』はどの様にして彼を見ますか? この通りであつた事を,1914年1月1日号ザ・ワッチタワー誌は如何に示して居ますか?(ロ)サタンの見えない様での臨在は,何を示しますか? この様な臨在は,諸国民にどんな影響を及ぼしますか? それはキリストの臨在に関しては,何を証明しますか?

33 1914年の重要性が認識されて居たことを示す為,我々は再びザ・ワッチタワー誌を参照します。今度は1914年1月1日号(3,4頁)を参照します。『あらゆる点から見て,1914年は可能性に満ちて居る様に思えます……我々は,1914年が,今までの如何なる年にも増して,真理の為に奉仕する事の可能な証拠を有すると信じます。それ故,我々は今まで以上鋭敏になり,我らの王への奉仕に有能となり,良く用いられる様にしましよう。』それ故,その時生じた事実によれば,黙示録 12章に記されて居る予言は,明らかに1914年に起り始めたのです。その時,サタンは天から追放されました。彼は地に落とされたのです。サタンが肉体で地上に在ると論ずる人は一人も居ません。又サタンの見えない臨在の結果を感じもしないし見もしないと主張する事も出来ません。サタンの臨在の為に,地上には,1914年の世界大戦以来,着々と増し加わる禍があります。その日に関してイエスはこう申しました ―『民族は民族に,国は国にはなむかつて立つ』。(マタイ 24:7,口語)これらはすべて,怒りたつサタンの仕業であり,『人の子』が天の力をもつてあらわれ給うたという徴です。そして我々がサタンの臨在を否定出来ないのと同様に,我々は紀元1914年以来キリストが力をもつて臨在して居られるという事も否定出来ません。

34 1925年3月1日号のザ・ワッチタワー誌は,御国に関し何と言わねばなりませんでしたか? 当時に於けるその認識は,何を証明しますか?

34 1925年,3月1日号ザ・ワッチタワー誌は,こう宣言しました ―『その年〔1914年〕主は御力を執り,統治を始められた。その時「鉄の杖をもて諸国民を治める人の子〔国家〕」は誕生した。……1914年にその国家は誕生した。……1914年に天に戦が起り,サタンとその将官達は天より追放された……新しい国民が生まれた。その栄光は全地に満つるでしよう。天国は此処にあります。』(69,73,74頁)さて,これが当時生存して居た神の民達によつて知られ,認められたという事に意をとめて下さい。それは歴史記録であります。これを知つた人々は,その鋭い精神的智覚力を有した人々です。(イザヤ 66:14-16)故にその1914年の日以来,証拠は神の国が到来した事を圧倒的に証明して居ます!― 即ち,キリストがみ座に着いた時,神の国が天に建設されたという事を証明して居るのです。(詩 2:6-12)それは,全世界に宣言される,まことに不思議な音信です。然し,それはイエスの時代に於ける場合よりも不思議でしようか?

35 み国の建設は,此の時代に如何に影響しますか?

35 これらすべては,一体何を意味するのでしよう? イエスが弟子達にそれらの事を語つた時の,むすびの辞のうちにその解答が与えられて居ます。イエスはこう申して居ます ―『ほんとに私はあなた方に言う,このようなことどもが起らないうちには,この時代は決して滅びはしない。』(マタイ 24:34,口語)彼は自分の語つた通りの事をなされるのです。1914年にそれらの事を見はじめた此の時代に属する幾人かの人々は,この世の組織制度が終らないうちに死んでしまうかも知れません。然し,この時代は,エホバ神の積み重なつた審判の最後を必ずや見るでしよう。

36 一般の世界はどんな状態下にありますか? キリスト教国の最後は何でしよう? この組織を支持することは何を意味しますか?

36 従つて時は差迫つて居ります。一般の世界は,神の国の建設された事を認めもしないし,又それを受け容れもしないでしよう。古代に於けるエルサレム同様,今日のエルサレムも寝て居り,『エホバの御国を宣明する』音信が耳もとで語られても覚めず,反つてそれを宣教する人々を迫害し,古い偽りの根拠なき観念に固執し,王座に着いたキリストを否定します。この様にして自分と自分に従う人々のうえに,ハルマゲドンに於ける,エホバの聖い審判をもたらすのです。事実,聖書は,キリスト教国のその無謀な歩みを予言して,それに破滅の運命をあたえました。これらを世界的改心とお思いですか? 違います! 故にすべての人々が今審判を受けて居るという事は明白であります。間違つて居ると証明された此の組織制度を支持し,神の証者の宣教する真理を斥ける者は,すべて神の国の建設を否定して居るのです。

決心の時

37 (イ)すべての者は,今どんな決意をしなければなりませんか? ペテロ後書 3章3-7節は,現在の時代を如何に適切に描いて居ますか?(ロ)この時代は何を主張して居ますか? 然し,それは何を得ますか?

37 人の子の再臨の日も,ノアの日の如くであるとイエスが警告しました。我々は両者の間に類似点を見ないでしようか見て居ます ― 音信の宣明が世界的であり,誰でもそれを聞く機会があるのに,世はあの『徴』の特質をかえりみようとしません。エホバの王とその宣教されて居る御国を斥けることは,その民となることを斥け,真理でなく間違に従うことを意味して居ます。あなた方が判事であることを忘れないで下さい。あなた方は証拠を検討して来ました。少くともその証拠を聞きました。神の国に関する主義主張に於いて,多くの人々が間違つて居る事は疑いありません。然し,世の混乱した状態は,神の国が建設されて居ないという証拠にはなりません。それは建設されて居るのです。そして,我々は聖書的論理的考え方によつて,それが建設されたことを示されてきました。これに関しあなた方は何をなさろうとして居ますか? キリストを否認し,刺し貫いた人々と同じコースを歩みますか? 又,今日,神の国に関する偽りの教理を棄てようとせず,王座に着いた王を否認する人々と同じコースを歩みますか?(詩 2:6-12。使行 3:22,23; 4:24-30)あなた方は,予言の成就として見る証拠をかえりみようとしませんか? それらの証拠は,神の国の到来したことを疑問の余地のない程明らかに示して居るのです。あなた方は,ペテロ後書 3章3-7節(口語)に記されて居る人々の類に属しますか?『またあなた方はこのことを第一に知るべきである,終りの日には嘲る者が,自分の情慾に従つて歩みつつ,嘲りをもつてやつて来て,こう言うであろう。「主が現われる約束はどこにあるのか,祖先が眠つて以来,すべてのものは,世の初めから,そのままではないか。」実に彼らは,次の事実をことさら否定する』。まことそれは空虚な慾深い考えです。イエスの時代に於ける如く,今日に於いても全く同様であります。彼らは,天からの見える徴を主張し,キリストが見える様で来る事を要求しますから,盲目的に手探に,建設されて今や彼らのうちにある神の国を斥けてしまうのです。彼らはその様な見える徴も決して得ないでしよう。彼らが得ることの出来る一つの『徴』は,世の終りに関する,イエスの予言の絶えざる成就であります。その中には,今キリストの即位に関して世界的に宣教して居る様な,『エホバの御国を宣明する』音信も含まれて居るのです。―マタイ 24:14。ルカ 17:21。

38 キリスト教徒は,未だにどんな意味に於いて,神の国の到来を待ちますか?

38 今や,神の国は天に建設されて居ますが,キリスト教徒は,それが,サタンの見えると見えざるの全制度に対する烈しい怒りと破壊力をもつておとずれることを待つて居ます。これはハルマゲドンに於けるエホバの戦の時にあるのです。(黙示 16:14-16。イザヤ 13:4-9。エレミヤ 25:32-38。エゼキエル 9:2,5-7。詩 46:8-11)その時,エホバは,あらゆる悪と,御国に対するひとりよがりの反対者達すべてを,この地上から完全に抹殺するでしよう。こうして,正しく完全に新しい組織制度へと,道が開けるのであります。

39 マタイ伝 25章34節は,何の約束ですか? その様な人々は,如何にして御国を『相続する』のですか?

39 故に,今は,生存するのに非常に素晴しい時であります。あなた方は,神の国を受け容れたいと思います。それは,あなた方にエホバの創る新しい世界を認識させます。(イザヤ 65:13-25。ペテロ後 3:13,14)イエスは,マタイ伝 25章34節(口語)で,他の羊に次の様に申しました。『さあ,来なさい。私の父に祝福された方々よ。世の創めからあなた方のために備られた国を相続しなさい。』これは天の生命の約束ではありません。それは,正義の天国のもと,完全な状態下で平和に幸福に永しえに生きることの約束です。では,その様な羊は,如何にして御国を『相続する』のでしよう? その時には,今建設されて居る天国が,その領域を全地におしひろげるでしよう。その時,生きるに適わしい事を証明する人々は,エホバの王イエスキリストの子らとなるのです。そしてこの様にして彼らは,御国を相続するのです。その時地上の住民は,天国の国民となり,彼らの為に自分の生命を捧げた方の子らとなるのです。この様にして,キリストイエスは,やはり彼らの『永遠の父』となるのです。―イザヤ 9:6,7。

40 すべての人々に,賢明などんな勧告が与えられますか? 御国について学んだら,すべての人々は,何をすべきですか? どんな目的に向つてそうすべきですか?

40 この時代に住んで居り,その新しい組織制度を良く利用する人々の前途には,素晴しい将来があるのです。そうです! それはまことに祝福された運であります。ですから,その為に働いて下さい。神の御言葉を研究なさい。神の国に関する真理をあなたの心一杯に満たしなさい。今日の世界に,少しでも価値あるものがありますか? 反つて,あらゆる罪,悪,死から離れて,新しい世を心に画くようにして下さい。この新しい世は,あなた方にすべての物を備えてくれます。真にそれを獲得する価値があります。なぜなら,これこそ,神の天国が現在遂行しようとして居る物であるからです。すべての証拠を棄ててはいけません。慎重に思慮深くあるべきです。あなた方は神の御言葉,聖書よりの証言を聞きました。あなた方がそれを綿密周到に調査する為に必要なのは,ただほんの僅かの時間だけなのです。あなた方が,カトリック教徒であろうと,新教徒であろうと,ユダヤ教徒であろうと,或は他の何であろうと,どうぞ神の御言を研究し,神の御目的を営んで下さい。どうしてこれ以上人間に頼るのですか? 神の国に関する彼らの考えは偽りであると証明されたのです。この世とその宗教指導者達の使い古された偽りの教義にどうして固執するのですか? 神があなた方に与えられた心を使い,神の御言葉の光にあてて,何が正しく何が間違つて居るのか,御自分で決めなさい。(詩 119:105。ヨハネ 17:17)神の国に関するこの世の考えは誤りであると証明されました。神の国は到来しました。世の指揮者達は寝て,その臨在に気づきません。多くの誤つた考えから完全に離れ,聖書予言成就の多くの事実に意を留めて下さい。(詩 2。ダニエル 2:44)あなた方が何処に住んで居ようと,エホバの証者は,喜んであなた方に援助し,これについてもつと学んで戴くようにします。そして,あなた方が神の国について,より多く学んだ時には,隣人愛を及ぼして,それを他の人に告げ,彼らもそれを学び得る様してあげなさい。こうして,あなた方は,神の国のもとに於いて,多くの祝福をかりとるのです。神の国は今や到来して居ります。それは間もなく全地の面より,サタンの制度を悉とく,見える物も見えない物もすべて消滅させるのです。『この日には目をあげて高ぶるものを卑くせられ,驕る人かがめられ,唯エホバのみ高くあげられ給わん。』― イザヤ 2:11。

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