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  • 「わたしはその者を終わりの日に復活させるでしょう」
    ものみの塔 1978 | 12月1日
    • キリストと共に天にいて,そういう『命を自分のうちに』持つ人々は,人間としてのキリストの犠牲の益を他の人々に分け与えることができるでしょう。人類の贖われた者たちが,「終わりの日」に記念の墓から呼び出されるときに,彼らはそれを行なうでしょう。―ヨハネ 5:28,29。

  • 「わたしはその者を終わりの日に復活させるでしょう」
    ものみの塔 1978 | 12月1日
    • 28 贖われた,死んでいる人類にとってどんな「時」が近づきつつありますか。彼らの前にはどんな機会が置かれますか。

      28 今や驚くべき「時」が近づきつつあります。それは,エホバの共同審判者としてのイエス・キリストが,『記念の墓の中にいる者をみな』,贖われた者として出てくるように呼びかけられる「時」です。彼らはみな,好むと好まざるとにかかわらず,イエス・キリストの天の王国の地上の臣民にされます。そして彼らの前には,楽園の地上で完全な人間の命を得る機会が置かれます。―ヨハネ 5:28,29。

  • 読者からの質問
    ものみの塔 1978 | 12月1日
    • ● 将来神が地上に人間をよみがえらせる時,人々は生前とほぼ同じ年齢,同じ外見のままよみがえらされるのでしょうか。

      聖書はこの点につきとりたてて何も述べていませんが,物の道理や聖書に明示されていることからすると,そう言えます。

      霊的な復活について,聖書は植物の種の例えを用い,「神は,ご自分の喜びとなるとおりにそれに体を与え」ると述べています。神はふさわしく必要とされるものをお与えになります。(コリント第一 15:35-44)地的な復活についても同じことを期待できます。

      聖書の復活に関する過去の記録は,よみがえらされた人間の年齢や外見が著しく変わったとは言っていません。シュネムの男の子が死んでエリシャによって復活させられた時,少年は命を引き取ったときと同じ年齢,同じ外見で戻ってきました。(列王下 4:32-37)イエスがラザロを復活させた時のことも考えてください。ラザロは死後四日を過ぎており,その体は腐りはじめていたのです。ラザロは全く異なった様で,つまり肉の部分が腐敗した状態で息を吹き返したのですか。いいえ,ラザロは生前とほぼ同じように見えました。もしそうでなかったなら,宗教上の敵対者たちはその事実を用いて,イエスの評判を落とさせたに違いありません。―ヨハネ 11:32-47。

      さらにわたしたちが知る通り,エホバは秩序と親切と憐れみの神です。このことからすると,片足がないままで,あるいはゆゆしい病気の,ひどく醜いいまわの際の状態のまま,神が人間をよみがえらせるとは考えられません。(ヤコブ 1:17。ルカ 11:13)しかしこのことは人が,“はつらつとした状態”で復活してこなければならないという意味ではありません。もしある人が75歳の時に心臓麻痺で死んだなら,神は同じ病気にむしばまれた体ではなく,血液を送り続ける心臓の備わった体でその人を復活させることがおできになるのではありませんか。そして,イエスの犠牲の価値を含むエホバの備えのいやしの力が働くとき,その人は完全に向かって進歩できるでしょう。―啓示 22:1,2,17。

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