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「わたしはその者を終わりの日に復活させるでしょう」ものみの塔 1978 | 12月1日
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15,16 (イ)イエスの肉を食べることはどのように行なわれますか。(ロ)ヨハネ 6章53-59節によると,イエスはこの点をさらにどのように強調されましたか。
15 イエスがユダヤ人の聴衆に理解してもらいたいと思われたのは,イエスの肉を食することは,ひゆ的な方法でなされるということでした。それでこの点をさらに強調するため,次に,文字通りにとれば一層いやな気持ちになるような事をイエスは言われました。それについてはこのように書かれています。
16 「そこでイエスは彼らに言われた,『きわめて真実にあなたがたに言いますが,人の子の肉を食べず,その血を飲まないかぎり,あなたがた[わたしの話を聞いているユダヤ人]は自分のうちに命を持てません。
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「わたしはその者を終わりの日に復活させるでしょう」ものみの塔 1978 | 12月1日
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イエスの肉を食べることのみならず,イエスの血を飲むことについても言われたときの,イエスの言葉が与えた衝撃を,わたしたちは想像することができます。「その結果,彼の弟子のうち大ぜいの者は,これを聞いたさいに,『この話はひどい。だれがこれを聞いていられようか』と」言いました。(ヨハネ 6:60)このように述べられているところからすると,イエスの弟子全部が,イエスの言葉でショックを受けたのではないことが分かります。ショックを受けた者たちのほかに,十二使徒を含めさらに多くの弟子がいたのです。(ヨハネ 6:61-66)したがって,ヨハネ 6章53節のイエスの言葉は主にイエスの弟子たちに,そしてひいては「終わりの日」の前に弟子になるであろう人々に対して話されていたことが分かります。その人々は霊的ユダヤ人,霊的イスラエル人になりました。―ローマ 2:28,29。
18,19 (イ)犠牲の動物の血はだれのものでしたか。したがってイエスの血と肉を食べることは何を意味しましたか。(ロ)異邦人の士官と,ある晩さんの席でイエスの言葉に対し感想を述べたあるユダヤ人とが信仰を示したので,イエスはその食事についてどのように言われましたか。
18 モーセの律法契約の下にあったユダヤ人は,犠牲の動物の脂肪だけでなく血も神のものである,ということを知っていました。(レビ 3:16,17)イエスは,天に昇ってエホバの前に出られたとき,ご自分の「血」,すなわち贖い代としての血の価値を,エホバにささげられました。(ヘブライ 9:12-14。ヨハネ 6:61,62)その血がエホバのものである以上,それを飲み,イエスの肉を食べることは,エホバと食事を共にすることを示しました。このように神は,ご自分の子羊イエス・キリストの血を,この子羊の弟子たちと分け合われます。イエスは,(信仰を抱いていた異邦人の「士官」のように)多くの異邦人の信者が,世界の各地から来て,「天の王国でアブラハム[エホバ],イサク[イエス・キリスト],ヤコブ[霊によって生まれたクリスチャン会衆]とともに食卓について横になるでしょう」と予告されたとき,大いなるアブラハムとしてのエホバとのそのような食事のことを言っておられたのです。―マタイ 8:5-12。
19 あるときイエスは,そこに招かれた人々ゆえに真に価値のあるものとなった晩さんについて語り,なぜそれに価値があるかを説明して,「あなたは義人の復活のさいに報いを受けるのです」と言われたことがありました。これを聞いてある人は,エホバ神と食事を共にするのは特権である,と考えるようになりました。というのは,「これらのことを聞くと,いっしょにいた客のひとりが彼に言った。『神の王国でパンを食べる者は幸いです』」と書かれているからです。(ルカ 14:12-15)その感嘆の声に答えてイエスは,ある家の主人が催した「盛大な晩さん」のたとえ話をされました。それによってイエスは,全部の人が王国で神と食事を共にする幸せにあずかれるわけではないことを示されました。―ルカ 14:16-24。
「自分のうちに命を持つ」
20 キリストの肉を食べその血を飲むことによって自分の『うちに命』を得る人々は,どの程度の長さの命を持ちますか。どこで,そしていつ彼らはこの力を発揮しますか。
20 イエスはヨハネ 6章53節の中で,「人の子の肉を食べず,その血を飲まないかぎり,あなたは自分のうちに命を持ちません」と言われました。アメリカ訳は,ヨハネ 5章26節に出てくる表現と同様の表現がここに出てくるので,ヨハネ 6章53節を,「わたしはあなたがたに言いますが,もしあなたがたが人の子の肉を食べず,その血を飲まないなら,あなたがたは自存する命を持てません」と訳しています。イエスが続けて,「わたしの肉を食し,わたしの血を飲む者は永遠の命を持ち,わたしはその者を終わりの日に復活させるでしょう」と言われたときに意味されたのは,ある特殊の能力を持つ「命」のことです。(ヨハネ 6:54)その永遠の命を得る人は,それを地上ではなく,キリストと共になる天の王国で享受するのです。「終わりの日」にキリストによって復活させられる時に,その命にあずかるのです。キリストと共に天にいて,そういう『命を自分のうちに』持つ人々は,人間としてのキリストの犠牲の益を他の人々に分け与えることができるでしょう。人類の贖われた者たちが,「終わりの日」に記念の墓から呼び出されるときに,彼らはそれを行なうでしょう。―ヨハネ 5:28,29。
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「わたしはその者を終わりの日に復活させるでしょう」ものみの塔 1978 | 12月1日
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25 (イ)地上でキリストの犠牲を食べる人々は,天でもそうしますか。(ロ)彼らはどんな聖なる職について奉仕しますか。そのため,人類にはどんな益が及びますか。
25 天では,『自分のうちに命を』持っているので,復活した霊的イスラエル人は,もはやイエスの肉を食べ,その血を飲む必要はありません。(ヨハネ 6:53)彼らは「神とキリストの祭司」として奉仕する特権を得ます。したがってキリストの贖罪の犠牲の永続的な益を人類に授けることができます。(啓示 20:6)天における彼らは永遠の命を有していますから,祭司職の後継者を必要としません。大祭司イエス・キリストのように,千年期全体にわたって,従属の祭司として続けて奉仕することができます。このようにして彼らは,地上の人類を完全な人間へと向上させる仕事に,キリストと共に携わります。
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