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  • 愛された使徒,ヨハネ
    ものみの塔 1953 | 4月1日
    • ユダでした。どうしてでしよう? 何故なら,彼は金銭箱を持ち歩いた者であり,盗人であつたからです。(ヨハネ 8:44; 7:5; 12:6)他の例に関しては,ハヨネ伝 2:4; 19:38を見て下さい。

      ヨハネ福音書にある興味ある点で,ヨハネの個性を明らかにするもう一つの点は,彼が自分を指して決して『ヨハネ』という名を使わなかつた事です。彼は,ゼベダイの息子の一人か,或はイエスに愛され,撰ばれ,親しまれた弟子かです。それ故,彼がヨハネと言つて居るのはただ洗礼者のヨハネだけです。彼は洗礼者ヨハネを,ただヨハネと呼んで居ます。ヨハネのこの特性は,附随的にも或人々の次の意見に或程度の重みを与えます。つまり,イエスの伝道奉仕の始めに記述されて居る昔でアンデレの同伴者として名の記されて居ない者,及びイエスの伝道奉仕の終りに記述されて居る弟子で同じく名の記されて居ない者こそヨハネ自身であるという意見に或程度うなづかせます。その名の記されて居ない弟子は,イエスに従つて大祭司の中庭へ行き,大祭司と知合であつた為に自分もその中庭へ入り,ペテロも入れる様に取計つた弟子なのです。―ヨハネ 1:35-40; 18:15,16。

      我々は,イエスの伝道奉仕に関する知識については非常にヨハネ二負う所があります。イエスが裏切られた晩に与えた訓戒とイエスの祈りとを記録して居る者はただヨハネだけであります。彼のみがイエスの世に来られた主要目的『真理について証すること』を指摘して居ます。イエスが出席した4つの過越節を記録して居るのは彼のみであります。我々はそれによつて,イエスの伝道奉仕が3年半かかつたと確証出来るのです。イエスは人間として生れる前の存在について直接言及しましたが,それを引用して居るものヨハネだけであります。―ヨハネ 3:13; 8:58; 13章-17章。

      エホバ神とイエスキリストは,愛された使徒ヨハネを用いて,聖霊による最後の予言即ち黙示録を記録させました。それは人間に与える為でした。ヨハネがその時に得た歴史の先見に何と見事なのでしよう! 3000年も先の歴史を知つたのです! 御国の誕生,天の戦,悪魔とその軍勢の最後的破滅! 何と多くの人物! 何たる行動何たるドラマでありましよう! これらすべてを,ヨハネはその三書簡及び福音書を書く前に記録したのです。ヨハネを通じて我々に与えられた事柄を読む時,我々はイエスの最初の奇蹟を思い起します。(この奇蹟はヨハネのみが記録して居るもので)水を酒に変えた奇蹟です。その時,一番上等な酒は最後に給仕されたのです。

      自己流な高等批評家達は,聖書を信頼させまいとして,ヨハネが黙示録とヨハネ伝を著述したという事に反駁します。彼らは,ヨハネは黙示録を書くには余りに温和な気質の持主だと論ずるのです。でも,我々が既に学んだ通り,ヨハネの正しい憤激を考えたなら,彼らの論は確かに根拠のないものです。それから,ヨハネ伝福音書が紀元133年から150年に書かれたという彼らの主張は,実際にはやはり根拠の無いものです。紀元2世紀の前半期に書かれたヨハネ伝福音書は,最近エジプトに於いて発見されました。ヨハネ伝福音書が翻訳され,エペソからエジプトへ運ばれるのに要した時を考に入れるなら,それが著作された時は明らかにヨハネの生存期中となります。

      愛された使徒ヨハネは,イエスの愛を受けるに適わしいことを証明しました。それというのは,彼は70年余りも忠実にエホバ神に仕え,その期間の終り頃になつた時は,我々に黙示録,三書簡,及びヨハネ伝福音書を与えたのであります。ヨハネの生涯,仕事及び彼の著書は,イエスの次の御言葉の真理を一層強めて居ります。『私のあの誡をもち,守る者こそは私を愛する者である。私を愛する者は私の父から愛せられるであろう。私もまたその人を愛し,これに私自身を示そう。』(ヨハネ 14:21,口語訳)吾人の持ち得る幸福でこれより大きい物がどうしてありましようや?

  • “少くともヒットラーと同じ位悪い”
    ものみの塔 1953 | 4月1日
    • “少くともヒットラーと同じ位悪い”

      英國のマンチェスター,ガーデアン誌の1952年8月29日号は,次の様な興味ある手紙を載せて居ます。『謹啓,貴誌8月13日号は,ソヴィエト地域内の収容所に800人のエホバの証者が収容されて居ることを報道して居ますが,それは私を驚かせません。というのは,私は最近ベルリンのソヴィエト地域に住居を持つ人にあつたのです。其処に彼女の一人の姉妹が住んで居ます。その姉妹はエホバの証者と結婚した女性ですが,次の事を知らせて居ます。即ち彼女の夫は,先頃家庭聖書研究会に出席したまま帰宅しませんでした。それから14日の後に,夫がシベリヤで9年の刑に服して居るという通知が,権威筋より彼女へもたらされました。夫は1ヶ月に15行だけの手紙を書く事を許されたのです! 彼の二人の子供の写真は送り返されました。― 彼はそれを見るのを許されませんでした。この情報は貴誌の読者がエホバの証者に同意しようがしまいが,当然彼らの興味をひくことと思います。敬具 H・バーロウ』

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