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幾百万もの人々が,地上における途絶えることのない命のために備えるものみの塔 1984 | 1月1日
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1 (イ)幾百万もの人々にとって,ベタニヤのマルタに語られたイエスのどんな言葉を思い起こすのは非常に時宜にかなったことですか。(ロ)今これらの言葉のどの部分に,幾百万もの人々は胸を躍らせますか。なぜですか。
今生きている幾百万もの人々にとって,イエス・キリストがベタニヤのマルタに語られた,「わたしは復活であり,命です。わたしに信仰を働かせる者は,たとえ死んでも,生き返るのです」という言葉を思い起こすのは非常に時宜にかなったことです。(ヨハネ 11:25,
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幾百万もの人々が,地上における途絶えることのない命のために備えるものみの塔 1984 | 1月1日
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2 (イ)イエス・キリストはまだ地上におられた間,どの人々に関して「復活」でしたか。(ロ)マルタに語った言葉の中で,イエスは特にどの時期を指し示しておられましたか。イエスが,その時に生きている幾百万もの人々にとっても「命」でなければならないのはなぜですか。
2 イエスは地上におられた間でさえ,ラザロや,イエスが復活させた他の人々にとって「復活」でした。しかし,イエスがラザロをよみがえらせる直前に語られたこれらの言葉は,特に,その時点からははるか遠く離れた将来のことに言及していました。イエスは,天の王国でご自分の共同相続者となる追随者たちだけでなく,ご自分の王国のもと,この地上でとこしえの命を得る死んだ人類にとってもご自分が復活また命となる時のことを指し示しておられました。イエスの王国の時に地上に生きていて地上の墓から復活させられる必要のない人々の場合でさえ,イエスは「命」となる必要があるのです。なぜそう言えるのでしょうか。彼らは不従順なアダムから受け継いだ罪深さにより,いまだに死への有罪宣告のもとにあるからです。ですから彼らは依然として死にゆく状態に置かれています。―ローマ 5:12。
3 イエス・キリストは今生きている人がどんな特質を働かせるので彼らに対し「命」となられるのですか。今日,人々はどのようにこの特質を働かせていますか。
3 統治する王イエス・キリストはいま地上で生きている人々にとって「命」となられますが,それは彼らがキリストに信仰を働かせるからです。この信仰は業によって証明されます。この「事物の体制の終結」の期間,これらの業には,この体制の「終わり」が到来する前に神の王国の良いたよりを宣べ伝えよ,というマタイ 24章14節のイエスの預言の成就に積極的に参加することが含まれるでしょう。(マタイ 24:3。マルコ 13:3,4)信仰を働かせ,現在の事物の体制の終わりを生き残り,回復された楽園での命を待ち望む人々は,決して死ぬ必要がありません。(ヨハネ第一 2:17)彼らは『その若い時の日に返り』ます。そうです,最初の人間アダムが所有していたような人間としての完全さに戻るのです。わたしたちには,地上における途切れることも終わることもない命を受ける見込みを持つ,そうした幾百万もの人々が今生きていると考えてよい根拠があります。
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