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  • 『雄々しくありなさい』
    ものみの塔 1983 | 1月1日
    • 1 「見よ,この人だ!」という言葉により,ピラトはイエスがどんな方であるとしていましたか。

      「見よ,この人だ!」 ローマ総督ポンテオ・ピラトは歴史に残るこの言葉を語り,エルサレムの自分の官邸の前に集まっていた敵意を抱くユダヤ人の群衆に,人類史上最も有名な人物を指し示しました。それはイエス・キリストという名のユダヤ人でした。その時イエス・キリストは王室の色である紫の衣を身にまとい,頭にはいばらの冠をかぶっていましたが,そのすべては,約束されたメシアなる王であるというイエスの主張を侮るものでした。(ヨハネ 19:5-15)しかし,ピラトは「見よ,この人だ!」という言葉により,イエスを,退けてはならない人物,全人類の中で最も際立った人物としていたのです。この点は,ピラトが人間の男性を意味するギリシャ語アンスローポス(ヘブライ語,ゲベル)という語を使ったことに示されています。

  • 『雄々しくありなさい』
    ものみの塔 1983 | 1月1日
    • 4 ピラトがイエスを群衆に指し示した時,イエスの外観はエルサレムに入城した日のものとどのように異なっていましたか。ピラトが感銘を受けて当然だったのはなぜですか。

      4 しかしここで,西暦33年のあの忘れ難い過ぎ越しの日に戻りましょう。その日,ユダヤを治めるローマ総督ポンテオ・ピラトは,むち打たれ辱めを受けたイエスを,自分の官邸の前に集まった悪意を抱いた群衆に指し示し,大声で「見よ,この人だ!」と叫びました。イエスは確かにこの時,全くのさらし者になっていました。その外観は,同じ週の初めのころに示したものとは全く異なっていました。その初めのころというのは,イエスが首都エルサレムで即位する途中,選ばれた王として同市に勝利の入城をした時のことです。それは,ゼカリヤ書 9章9節の預言の小規模な成就でした。そこにはこう書かれています。「シオンの娘よ,大いに喜べ。エルサレムの娘よ,勝利の叫びを上げよ。見よ,あなたの王があなたのもとに来る。義にかなった者,救われた者である。謙遜であり,ろばに,しかも成熟した,雌ろばの子に乗っている」。(マタイ 21:1-9。ヨハネ 12:12-16)その後の過ぎ越しの日に,イエスは至高者なる神であられる天のみ父の意志に完全に服従し,不平も漏らさずあらゆるののしりや虐待を忍んで,男らしい特質を立派に示さなければなりませんでした。全宇宙の視線を集めていたこのユダヤ人の不屈でひるむことのない雄々しさに,総督ピラトは深い感銘を受けずにはいられなかったことでしょう。

      5,6 (イ)楽園で生きることを願う人々が,イエス・キリストの中に,自分たちの行動の仕方に関する完全な模範を見いだすのはなぜですか。(ロ)パウロの表現によれば,アダムの歩みとイエス・キリストの歩みは,どんな異なった影響を人類に与えましたか。

      5 近い将来に実現する楽園の地で,人間としての完全さに到達して生きることを願う人は皆,この雄々しい人間の中に,絶えず目をとめるべき,見倣うに値する模範を見いだします。創造者によってエデンの園に置かれた時の最初の人間アダムと同じく,十分に成長したイエスは完全な人間でした。ところが,イエスは,神の像を備えたものとして地上に置かれましたが,その神の像を損なうことがありませんでした。また,人間として神に似た様に育てられましたが,その神に似た様を傷つけることもありませんでした。(創世記 1:26,27)それで,アダムの不従順な歩みと,イエス・キリストの忠節で従順な歩みは,人類全体に実に対照的な影響を与えてきたのです。

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