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神の目的における王の婚宴ものみの塔 1975 | 2月15日
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花嫁を持つ者は花婿です。しかし,花婿の友人は,立って彼のことばを聞くと,その花婿の声にひとかたならぬ喜びをいだきます。そのわけで,わたしのこの喜びは満たされているのです」。(ヨハネ 3:28,29)
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神の目的における王の婚宴ものみの塔 1975 | 2月15日
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6,7 (イ)天の王のこのみ子の花嫁とはだれですか。(ロ)エフェソス 5章23-32節で,イエス・キリストとその会衆との関係は何にたとえられていますか。
6 花婿になろうとしている人はだれでもそうであるように,イエスは天の父である王から与えられるその「花嫁」について考えたり,語ったりしたとき,大いなる喜びを抱かれたに違いありません。もち論,その「花嫁」は,あるひとりの人,つまりイエス・キリストの一人の弟子ではありません。それどころか,それは複合的な,あるいは集合体としての人,つまり油そそがれた忠実な弟子たちで成る彼のからだ,もしくは会衆全体のことです。これは不思議なことではありません。聖書の預言の中では,古代のイスラエル国民はエホバ神の妻にたとえられています。なぜなら,そのイスラエル国民は,アラビアのシナイ山麓で預言者モーセの仲介によって成立した律法契約を受け入れることにより,いわばエホバと結婚したも同然の関係に入ったからです。(イザヤ 54:5。エレミヤ 3:14; 31:31,32)ゆえに,神のみ子とその油そそがれた会衆との関係は,夫と妻のそれにたとえられています。それで,こう記されています。
7 「夫は妻の頭……です。それは,キリストが会衆の頭であり,この体の救い主であられるのと同じです。夫よ,妻を愛しつづけなさい。キリストが会衆を愛し,そのためにご自分を渡されたのと同じようにです。この神聖な奥義は偉大です。わたしはキリストと会衆とについて述べているのです」― エフェソス 5:23,25,32。
8 天の王のみ子とその「花嫁」との結婚はどこで,またどのようにして完成しますか。
8 王のみ子とその比喩的な「花嫁」との間の結婚は,イエス・キリストとその忠実な会衆が「天の王国」に関連して霊の天で結ばれることによって完成します。油そそがれたその会衆の成員は,妻になる処女のように,死に至るまでイエス・キリストに忠実でなければなりません。地上における歩みを終えるまで処女のような忠実さを保つ彼らはその報いとして死人の中から復活させられ,イエスの天の「花嫁」,つまりイエスの花嫁の会衆を構成して,天の父なる王の家に永遠に留まります。―コリント第二 11:2,3。
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