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エホバの王国を告げ知らせるものみの塔 1953
塔53 8/1 267–273ページ

ヱホバ 夫にして父にして教師

『なんじの子らは皆ヱホバに教をうけ,なんじの子らのやすきは大ならん。』― イザヤ 54:13。

1 ヱホバと彼の僕達との関係を一番よく示せるのは誰ですか? 我々はその認識をどの様に深めることが出来ますか?

真の神と神の被造物との関係をヱホバ御自身が知つて居られる程理解して居る者は一人も居りません。神はそれについて一番よく叙述出来ます。そして,実際に色々な言葉をつかい,しかも我々に分る様な言葉をもつて表現して居ます。我々は,自ら神の御言葉に専心することによつて,ヱホバとヱホバに仕える者との関係を次第に深く認識出来るのです。―ヨハネ 17:15-21。

2 ヱホバが,その制度に対して自ら夫であると言うことが実に適切であることを述べて下さい。

2 若し人が一つの制度をつくり,その制度の目的に献身し,その為に尽くし,それに忠実になり,その制度の会員すべての益の為に時間を費し,注意を払い,その増加を歓び,その制度と密接に結ばれたならば,その人がその制度と『結婚した』と言つてどうして間違でしよう? まこと結婚したと言えるのです。何故なら,象徴的に『結婚』ということは,その様な密接な関係を意味するだけだからです。ヱホバが御自分をその制度の夫と見なすことは誠に理にかなつて居り,善いことです。これは最初奇妙に思われるかも知れません。然し,我々はどうしてこの密接な関係をそれよりも良い言葉であらわせましよう? 我々は,ヱホバの礼拝者達の間に夫としての結婚規定が存することを知つて居ます。例えば,ヱホバ御自身が自らイスラエル民族の夫と言つて居る通りであります。

3,4 イスラエル民族に関する場合,ヱホバはどの様に夫でしたか?

3 ヱホバはイスラエル民族にとつてどの様に夫だつたのでしよう? ヱホバは前の節で述べた人間の場合と同じ様になりました。ただ確かなことは,ヱホバは,地的な妻をたくさんもつてイスラエルの夫となつたのではないという事です。全くそうでありません。反つて彼はイスラエルに次の様に言いました。『地の諸の族の中にて,我ただ汝らのみを知れり。』(アモス 3:2)ヱホバはイスラエルに忠実でした。然しイスラエル民族は神の律法を犯し,神から離れてしまいました。そこでエレミヤ書 3章14節に次の如く書かれて居ます。『背ける衆子らよ我に帰れ,そはわれ汝らの夫なればなり。』(ア標)不忠実な『妻』イスラエルを放棄してから,予言的に前途を望み見ました ―『ヱホバ言い給う,視よ我がイスラエルの家とユダの家とに新しき契約を立つる日きたらん。この契約はわが彼らの先祖の手をとりてエジプトの地よりこれを導き出せし日に立てし所の如きにあらず,我かれらの夫たれども,彼らはその我が契約を破れり。』― エレミヤ 31:31,32。

4 この関係と,夫としてのヱホバの堅実性と,不敬虔になりヱホバから離れた国民を放棄するヱホバの正義とは,ホセアの予言的な言葉で示されて居ります ―『汝らの母とあげつらえ,論弁うことをせよ,彼はわが妻にあらず,我はかれの夫にあらざるなり,汝らかくしてかれにその面より淫行を除かせ,その乳房の間より姦淫をのぞかしめよ。』(ホセア 2:2)7節に於いて,その不忠実な制度を廃棄する旨宣言して居ますが,そのうちに最初の夫なることが示されて居ります ―『彼はその恋人たちの後をしたいゆけども,追及ことなく,之をたずねれども遇ことなし,是において彼言わん我ゆきて我が前の夫に帰るべし,かのときのわが状態は今にまさりて善かりきと。』

5 ヱホバが彼の宇宙的制度の夫であるという事を示す,聖書的な証拠をあげて下さい。

5 夫としての関係は,イスラエルの制度のみに限られて居ません。ずつと前に棄てられたその国民は,更に大きな変らぬ物を予表して居たのです。『しかし上にあるエルサレムは自由の女であり,これが私たちの母である。』(ガラテヤ 4:26,口語。ロマ 15:4。コリント前 10:11)ヱホバは,確かに自ら造つた生物達の宇宙的大制度を妻として愛しみ,自らその夫であると申して居ます。彼は,その制度とその制度内の会員に対する御自分の関係を,何かほかの地位をもつて表現して居るでしようか? ハイ,居ります。

父

6 ヱホバが御自分を顕現して居られるほかの地位は何ですか?

6 ウェブスターの新国際辞典,第2版(英文)を参照すれば,『親』に関して我々が考えて居る普通の意味が裏づけられます。その語は,名詞としては『子孫を産む者,父か母,源泉,創作者』の意味で,形容詞としては『何かを発生させるか,産みだす源泉となる様な』とか,或は『親制度としてなす様に,他の物を附属物として管理し,保護し,支える様な』という意味です。その制度をつくり,その夫である神は,その制度から産まれてその制度の会員となつた者の父であると言えないでしようか? そう言えるのです。そして,ヱホバも,自ら大いなる父として顕現て居ます。

7,8 ヱホバの子らのうちに含まれて居る者は誰ですか?

7 彼から生命を与えられた者は,彼の子らであります。この実例はロゴスであつて,ロゴス即ち御『言葉』は,ヱホバの直接の被造物として,又神の他の霊的子ら及び他の万物をつくる神の代理者としてあらわされて居ます。『初に言葉があつた。言葉は神とともにあつた。言葉は神であつた。これは初めに神とともにあつた。すべてのものは言葉によつて出来たのであり,出来たものであつて,これによらないで出来たものは一つもない。』― ヨハネ 1:1-3,口語。

8 神の制度の働きを通じて生まれ,その制度の会員となつた者も,同様に神の子です。この様な者のうちに,神の霊的子らが居ます。それらの天使,ケルビム及びセラヒムも,神がロゴスを通じてつくつた物のうちに数えられて居ます。アダムについても同様です。ルカは3章38節でこの点を明らかにして居ます ―『……アダムは神の子。』(口語)ロゴスは,上述の通り神の独子であつたばかりでなく,人間の幼児イエスとして地上に遣わされましたから,彼は神の制度の裔と言われました。神の制度は,イエスが人の子として生まれるまでは,約束の裔に関して明らかに石女でありました。―ガラテヤ 3:16,新世。

9 イスラエルに於いて,神の子らは誰でしたか?

9 前に引用したエレミヤ記 31章も,イスラエル民族の個々の会員,つまり個々のユダヤ人が(第二義的又は典型的な意味で)神の子らであつたという事実を確信して居ます。彼らはイスラエル制度の子らであつたからです。『ヱホバかく言い給う,若し上の天,量ることを得,下の地の基探ることを得ば,我またイラエルの凡ての子孫を其もろもろの行のために棄つべし,』― 37節。

10 (イ)キリストの体の成員は,どの様に,大いなる御父の子らでありますか?(ロ)ヱホバを拝する他の人々についてはどうですか?

10 クリスチャンについてはどうでしよう? クリスチャンは,若し油そそがれたクリスチャン会衆,即ちキリストの体の成員であるならば,神の子らとしてこの上もありません。『しかし機が熟した時に,神はその御子を遣わされた。み子は女から生まれ,律法の下に生まれ給うた。これは律法の下にある人々を救い給うためであり,私たちが,神の子として頂くためである。それであなた方は神の子であるから,神はあなたの心の中に御子の御霊を送られ,あなた方は「アバ父よ」と呼ぶのである。それ故に,あなた方はもはや僕ではなく,神の子である。子であるならば,神によつて相続人である。(ガラテヤ 4:4-7,口語)これは,世界の人類凡てにとり,神は『宇宙的御父』であるという作り話を意味して居るのでありません。それは,もはやユダヤの律法のもとに居らず,キリストを通じて,キリストの体の成員として,新しい契約を受けた人々個々について言つて居るのです。ユダヤの律法による契約は,神が律法契約の為に用いたイエス御自身の死によつて終結したのです。(ヘブル 8:7-13)それらキリストの体に属する人々は,ヱホバの御言葉と,御霊とイエスキリストを通じての正しい制度とによつて産み出され,神の子らであります。御言葉は彼らを導いて神の僕とならせます。御霊は神の御力であり,御言葉に示されて居る神の音信をも含んで居ります。善意あるその外のクリスチャン達は,新しい契約に在る人々と交わり,神の御準備のもと,生命に関するあらゆる望みをそなえて,ヱホバを父と呼ぶのであります。何故なら,ヱホバは,永遠の父イエスキリストを通じて,彼らの祖父となる筈だからです。―ヨハネ 10:16,新世。イザヤ 9:6。

11 石女に関して,どんな事が言われますか?

11 モーセを通じての律法下にあつたイスラエル民族の時代に於いては,妻が子を持たないことは,悲しみの原因でした。石女は,苛責と失望におそわれました。イスラエルの,文字通りの妻達に関するこの描写は,象徴的な『妻』即ち制度に関しても言えます。つまり,制度が,実を結ばず,子を産まず,増加せず,目的を達して居ない事が明白に又は実際上あらわれて居る場合そうなのであります。

今や教師!

12,13 (イ)ヱホバは,己の民に対して,ほかに何でありますか?(ロ)彼の特質資格は何ですか? それは誰を通じて反射されますか?

12 このものみの塔誌に於いて,我々は,ヱホバの唯一性について研究し,又彼が御名を持ち,その御名をになう人々が居るという事を研究して来ました。我々は彼が大いなる創作者であることを知り,そして,他の色々な物の外に,制度をも,創ることを知り,なお又,ヱホバが,彼の制度に対して,夫の地位を占めて居た時もあつたことを知りました。同様に,彼の正しい制度の子らにとつて,大いなる父であることも知りました。さて,我々は,ヱホバが,御自分とその民との関係を示して居るもう一つの地位を研究することです。即ち,彼は大いなる教師であります。

13 彼は比類なき教育をなさいます。彼は最も優れた教師の特質をそなえて居られます。彼は,あらゆる知識をそなえ,御目的を知り,己に属する生物の福祉を心にとめ教える為の完全な忍耐と能力とをそなえて居ます。そして,それらの特質を自ら御自分の偉大な代理者に任命した者を通じて反射させて居ます。即ち栄光をあたえられたイエスキリストを通じてです。―ヘブル 1:1-3。

14,15 ヱホバは誰に教訓をあたえましたか?

14 彼は己の民に知識を与える時,少しも物惜しみしません。彼は初の人に御言葉を与えました。彼はアダムに語りました。(創世 1:28,29; 2:16,17)『そして昔の世界を赦されずに正義の宣伝者ノア達八名を守つて,不敬虔な世に洪水を来らせた。』(ペテロ後 2:5,口語)当時に於いて,ヱホバが正義の宣教を達成したのは,ノアを通じてでした。ヱホバの御言葉と御霊と地上制度とは,ノアとその家族のうちにあり,ヱホバは教師でありました。―創世 6:8–9:29,ア標英文。

15 神は,己の民であるイスラエル民族に御言葉と律法を与え,彼らに聖霊をそそぎ,教える制度として祭司制度と予言者の制度を与えて,その民族全制度の福祉を得させました。エテロはモーセにこう申しました ―『今わが言葉を聴け我なんじに策を授けん,願わくは神なんじとともに在せ,汝民のために神の前に居り訴訟を神にのべよ,汝かれらに法度と律法を教え,彼らの歩むべき道と為すべき事とを彼らに示せ。』(出埃 18:19,20)更に『神この一切の言を宣べて言いたまわく。』― 出埃 20:1。

16 それはイエスキリストの場合どの様に示されて居ますか?

16 ヱホバの教えは,彼とイエスキリストの交わり,及びイエスを通じての交わりに於いても示されて居ります。彼はイエスに御言葉を与えました。ヱホバは,イエスに御霊をそそぎました。ヨハネ伝 12章に次の如くしるされて居ます。『イエスは声を励まして言われた。「私を信ずる者は私を信ずるのではない。私を遣わされた方を信ずるのである。また私を見る人は私を遣わされた方を見るのである。私は光として世に来て居る。私を信ずる者が暗闇のうちにおかれない為である。私の言葉を聞いてこれを守らない者があつても,私はその人を裁かない。私が来たのは世を裁くためではなく,世を救うためであるからだ。私を捨てる人と私の言葉を受けない人とを裁く方がある。私の話した言葉,それこそは終りの日に,その人を裁くであろう。何故ならば,私は自分から話して居るのではない,私を遣わされた父が私に何を言うべきか,何を語るべきかを命令されたからである。そして父の命令は永遠の生命であることを私は知つて居る。だから私が話すことは父から告げられた通りに話すのである。」』― 44-50節,口語。

17 どんな質問がおこりますか? その解答の要約は何ですか?

17 今や我々は1953年に生をうけて居ます。そして,アダムの日もノアの日もイスラエル民族の日も,また今からずつと前のイエスキリストの地上伝道の日も,すべて過去のものです。この現代に於いて,偉大なる教師ヱホバの教えに関してはどの様なことが言えるでしようか? 現在の環境にあつて,神の我らに対する教訓に関して,何か特別な事があるでしようか? 現代の横柄な悪い文明に於いて,ヱホバの教えについて何が言えましよう? たくさん言えます。そして,それは,ヱホバはその制度の子らを教え給う,という事実で要約されます。

18 イザヤ書 54章13節は,それを如何に確証して居ますか?

18 予言者イザヤは,それを次の様に言つて居ります ―『又なんじの子輩は皆ヱホバに教をうけ,なんじの子輩のやすきは大いならん。』(イザヤ 54:13)この節の前後の文脈を考えれば,これはシオン(エルサレム)に対して語られた言葉であるということが分ります。イザヤはイスラエルの荒廃と復興の双方に関して語つて居ます。然しながら,次の事が容易に分ります。即ちイザヤの予言の54章以後のそれらの言葉は,ただ古代の縮図的な行為のうちにその適用と成就を見出すだけでなく,その予言が与えられた時からずつと将来のヱホバの御業に関しては猶更の成就と適用があるという事です。―ロマ 15:4。コリント前 10:11。

19 イエスは,何時如何にしてイザヤ書 54章13を適用しましたか?

19 イエス自身,イザヤ書 54章13節を適用しました。そしてその成就に関する限り,ユダヤの国家的背景から取り出しました。ヨハネ伝 6章の記事は次の事を示して居ます。即ちヱホバに仕える者の祝福の為,神の備えた御準備がイエス自身であるという事,及び永遠の生命を望む者すべては御子に信仰をおく必要があるという事を示して居ます。『さてユダヤ人らは,イエスが「私は天から降つたパンである,」と言われたために,イエスに向つてつぶやいて言つた。これはヨセフの子イエスではないか。私たちは彼の父母を知つている。どうして今,天から降つていると言うのか。』これを聞くやイエスは彼らに言われた。「つぶやき合うことをやめなさい。もし私を遣わされた父が引いて来て下さらないならば,誰も私に来ることは出来ない。父が連れて来て下さつた者を私は終りの日によみがえらせよう。予言者らの書に〔イザヤ 54:14〕,『彼らはすべて神〔ヱホバ,新世〕から教えられるであろう,』と記されて居る。父から聞いて学んだ者は,みな私に来る。神から出た者以外の誰かが父を見たと言うのではない。神から出た者が父を見たのである。ほんとにほんとに私はあなた方に言う,信ずる者は永遠の生命を有つ。」』― ヨハネ 6:41-47,口語。

20 イエスキリストを通じてのヱホバの教えを,すべての者が受け容れましたか?

20 これは,長い間自称ヱホバ神礼拝を国家的な物にして居たユダヤ人たちにとつて,驚きの音信でありました。たとえ肉的なユダヤ人であつても,若しキリストを通じて神から教えられるのに同意したならば,イエスの弟子即ち教えられた者となつて居たことでしよう。それは正にイエスがヨハネ伝 8章31,32節(口語)で,彼を信じたユダヤ人に語つた通りであります。『もしあなた方が私の言葉のうちに留まるならば,あなた方はほんとに私の弟子である。そしてあなた方は真理を悟るであろう。そして直理はあなた方を解放するであろう。』そこで,イザヤ書 54章13節を適用してこうです ―『これはイエスがカペナウムで教えて居られる時,その会堂で話されたものである。それからというものは,弟子たちの多くは去つてしまつて,イエスと行動を共にしなかつた。』― ヨハネ 6:59,66,口語。

21 イエスキリストとクリスチャン会衆を通じての比類なきヱホバの教は,如何に示されて居ますか?

21 これは,他の色々な事の外に,不忠実なユダヤ人制度の放棄を示して居ます。ヱホバは嘗てその制度の夫だつたのです。更に,それはキリストを頭とするクリスチャン会衆を通じての,ヱホバの比類ない教えをも示して居ます。かくして,イザヤ書 54章の内面的な証拠は,イエスの適用によつて決定的に支持されて居ります。イエスの適用は,その予言が,単なる血統のイスラエルにだけ限られずその限界を遙かにこえて居り,イスラエルそのものは単に来るべき物をあらわして居るだけであるという事を示して居ます。されば,クリスチャン会衆が,最初の日より,疑わずヘブル語聖書を受け容れ,それを完全に信頼したのも当然であります。そのヘブル語聖書中の多くの予言は,イエスキリストを,クリスチャン会衆のうちに成就し,又ヱホバ神とその会衆との交わりのうちに成就したのであります。―ペテロ前 1:10-12。ペテロ後 1:19-21。

22 時の経過は,予言の御言葉を弱めますか?

22 イザヤ書 54章の予言は,使徒パウロがローマのクリスチャン会衆に語る遙か前に記されたのです。然し,時の経過は,その古代の予言の力を弱めるどころか,反つてその偉大なる著者の保護を証明しました。神の黙示の御言葉を断乎と支持してイスラエルそのものを予言的に考え,パウロは次の様に感謝しました ―『この様に前もつて記されて居ることは,私たちを教育するために記されたもので,聖書から来る忍耐と奨励とによつて,私たちが希望をもつためのものである。どうか,忍耐し慰さめ給う神が,あなた方をキリストイエスに従つて,互に同じ思いにして下され,こうして,あなた方が異口同音に私たちの主イエスキリストの父なる神を讃めたたえることが出来るように。』(ロマ 15:4-6,口語)我々は,イザヤ書 54章の予言の適用と成就の方法と時に関しては,何らの疑問をも持ちません。大教師はそれに関し必要な物すべてを供給されて,彼の制度は,御予定の時に拡張されます。

統治権も含まる

23 古代の予言とクリスチャンの希望とに於いて,どんな大きな必要性が認められますか?

23 歴史と今日の事件は次の事実を明らかにします。即ち,ヱホバの御名の聖別と,その正しい御国の律法の働きと,彼の完全にして聖い御心を行うことは,古今を通じて地上の一般的なものと全く異つて居るという事であつて,まこと,ヱホバの礼拝は,この古い組織制度の産物ではありません。然し,ヱホバが一般の人々になおざりにされて居るということは,些細なことでありません。ヱホバの御名の立証と,その結果としての正しい統治とヱホバを拝する人々の受ける祝福とが,此の上もなく重要なので,それは聖書予言の主題として絶えず繰り返されて居ます。この様な事に関する御心達成のヱホバの御目的が聖書予言に示されて居るばかりでなく,クリスチャンも常にその様な主題の祈りをして居ます。何故なら,彼らの切実な望みと願いは,ヱホバの御心が完全に行われることだからです。これらの事柄はクリスチャンの生活と希望とに於いて非常に根本的なものなので,イエスキリストはそれを次の如く具体的に表明して居ります。『だからあなた方はこう祈りなさい ― 天にいます私たちの父よ。どうぞ御名が崇められますように。み国が来ますように。天のように,地の上にもみ意が成されますように。』(マタイ 6:9,10,口語)イエスが祈りに関するこの勧告をなされたのは,イスラエルの神権制度を通じて,ヱホバ神の統治が地上で縮図的に小規模に行われてから,630年余りも経つてからのことでした。そのイスラエルは,神に不忠であつた為,紀元前607年に覆えされたのです。

24 統治権はヱホバの礼拝中に如何に含まれて居りますか?

24 ヱホバと人との交わりに於いては,彼の礼拝と統治権は分離出来ないという事が常に示されて居ます。即ち,神を礼拝する者は神の臣民であります。何故なら彼らの神は彼らの統治者であるからです。イエスもこれを認め,それを宣教しました。しかも予言者の基礎に基いてそれを宣教しました。イエスと親しく交わつた人達は,御国統治の地上復帰に関して律法や予言者達に学んだことを信じ,イエスが何らかの方法で王権を表明することを期待しました ―『人々がこれらのことを聞いている時,イエスは更に続けて譬えを話された。それは,イエスがエルサレムに近づかれ,神の国がすぐに現れるであろう,と彼らが思つていたからであつた。そこでイエスは言われた。「ある貴い人が王の位を得て帰ろうと遠い国に旅立つた……」』― ルカ 19:11,12,口語。

25 初代のクリスチャン達は,どんな確信と,どんな質問を表明しましたか? それは如何に示されて居ますか?

25 イエスは,刺し貫かれて,死より甦えされてからも暫しの間追従者達と交わりました ―『イエスは苦難を受けた後,ご自身が生きて居られることを,多くの証拠によつて,彼らに示し,四十日の間,彼らに現れて,神の国について教えられた。』(使行 1:3,口語)窮極に於いてヱホバの礼拝が全地に行われ,同時にヱホバの統治が神の御国制度を通じて確立されることに関しては何の疑問もありません。然し,問題はそれが何時行われるのだろう,という事です ―『そこで彼らは集まつて居た時にイエスに尋ねた。「主よその時にはイスラエルの王国を再興なさるでしようか。」イエスは彼らに言われた。「その時期と潮時とについては,父がその権限によつて定めて居られるから,あなた方が知るべきことではない。」』(使行 1:6,7,口語)彼の仲間や追従者達がこの点に関する神の御目的を明白に理解するという事は,彼の次の御言葉によつて確証されて居ます ―『しかし,聖霊があなた方の上に降る時に,あなた方は力を受けるであろう。そしてエルサレムは勿論,全ユダヤ,サマリヤ,地の果までも,私の証人となるであろう。』(使行 1:8,口語)その後イエスは初代教会に対して,再来を約束して昇天しました。―使行 1:11,口語。

26 宣教と徴とは,ヱホバの礼拝と統治が何時復興されるかという問に答えるため,どの様に役立ちましたか?

26 イエスの昇天後,神の聖霊の御力が,初代教会の会員に降りました。そして,彼らは,自分達のつくつたクリスチャン制度が,ヱホバの用い給う道具であることを悟りました。こうした見方は,御国の真理に関する彼らの宣教と,神の御力によつて為した彼らの徴とを通じて確認されました。使徒行伝 3章は,ペテロとヨハネについて記して居ますが,跛の物乞が物質的援助を求めた時,ペテロはこう答えました ―『私は金銀は持つていない。しかし私が持つているものをあなたにあげよう。ナザレ人イエスキリストの名によつて歩きなさい。』(使行 3:6,口語)跛のその男は,神の御力によつて癒されました。それは,奇蹟的な癒に気づいた人々を驚かせました。それから,ペテロは,神の生命の使者としてのイエスキリストと彼のうちに成就した予言について力強い証言をしました。そして更に次の様に申しました ―『だからあなた方の罪が拭い去られるために,今悔い改めて帰つて来なさい。そうすれば,主〔ヱホバ,新世〕の御前から心機一転の時が来るであろう。そして神は,あなた方のものであるべき救主<キリスト>つまりイエスを送られるであろう。この方を天は,万物の革まる時まで,受けておかねばならなかつた。この時について,神は昔から,その聖なる予言者らの口を通して語られた。モーセは言つた。「主なる〔ヱホバ,新世〕神は私を起こされたように,お前たちの兄弟の中から,お前たちのために予言者を起こされるであろう。お前たちは彼の言うことをすべて守らねばならない。その予言者の言葉を守らない魂はみな神の民の中から亡ぼされるであろう。」そしてサムエル以来これにつづいて語つているすべての予言者たちは,またこの日を指して宣べている。あなた方はこの予言者たちの子であり,神があなた方の先祖に与えられた契約の子である。神はアブラハムに言われた。「お前の子孫によつて地上の諸民族はみな幸を受けるであろう。」神はあなた方の一人一人を悪から引きもどして幸福にするために,よみがえらせたその僕を先ずあなた方に送られたのである。』(使行 3:19-26,口語)偽宗教の祭司達は悪魔の子らつまり蛇の裔であり,常にその様な習慣にあつたので,ペテロとヨハネの教えに当惑して,彼らを捕えました。―使行 4:1-3,口語。

27 ヱホバの『妻』が多くの実を結ぶことに関して,時は如何に重要な要素ですか?

27 ペテロの,この力強い悔い改めへの訴えは,キリストイエスがヱホバの任命した方であることを指摘して居ります。そして,それは更に天が或時まで,つまり復興の時までイエスを受けておかねばならない事,及び神はそれらの事柄に関しイザヤをも含むすべての予言者達の口を通して語り給うたという事を示して居ります。勿論イエスは,天の王ですから,地上の国を建てもしなかつたし,又建てようともしませんでした。時というものが重要な要素であります。そしてこの事はイザヤ書 54章の成就についても言えることであります。ヱホバの統治の時は,ヱホバの制度が多くの実を結ぶ時であり,シオンの子らが教えられる時であります。だが,それは何時のことなのでしよう? どの様にしてでしよう? 又誰によつてでしよう? この題を次号で更に深く追求する基本として,上述の二つの記事を良く考えて下さい。

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