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わたしたちのすばらしい希望が確実に実現する理由ものみの塔 1980 | 7月1日
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西暦56年ごろに書かれたローマ 8章28-30節の中で,パウロはこう断言しています。
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わたしたちのすばらしい希望が確実に実現する理由ものみの塔 1980 | 7月1日
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ご自分が最初に認めた者たちを,神はまた,み子の像にかたどったものとするようにあらかじめ定められたからです。それは,み子が多くの兄弟たちの中で初子となるためでした。さらに,神があらかじめ定めた者たちは,またお召しになった者たちでもあります。そして,お召しになった者たちは,ご自分が義と宣した者たちでもあります。最後に,神が義と宣した者たちは,栄光をお与えになった者たちでもあるのです」。
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わたしたちのすばらしい希望が確実に実現する理由ものみの塔 1980 | 7月1日
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10,11 (イ)召された者の益のために神が共に働かせる業とは何ですか。(ロ)ローマ 8章28節に述べられている「すべての事柄」に,どんな個人的な行動を含めるべきではありませんか。
10 ローマ 8章28-30節に述べられている事柄はすべて神のなされる業で,人間の業ではありません。それは,神を愛する召された者たちの益のために神が共に働かせる神の業である,と記されています。神は彼らを王国に召され,そして彼らがそれを得ることを望んでおられるからです。
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わたしたちのすばらしい希望が確実に実現する理由ものみの塔 1980 | 7月1日
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12 ローマ 8章29,30節に詳述されている神のみ業はすべて,どんな性質のものですか。パウロはそれらをどんな順序で述べていますか。
12 次の29,30節を読み,そこに詳述されている神のみ業に注目すると,あらかじめ定められ,召されたクリスチャンに対して働く神のみ業はすべて,例外なく良いものであることがわかります。また神のみ業は,神が物事を扱われる際のどの段階においても,王国相続者の益のために共に働きます。パウロはその段階を逆の順序で述べ,次のように書いています。「ご自分が最初に認めた者たちを,神はまた,み子の像にかたどったものとするようにあらかじめ定められたからです。それは,み子が多くの兄弟たちの中で初子となるためでした。さらに,神があらかじめ定めた者たちは,またお召しになった者たちでもあります。そして,お召しになった者たちは,ご自分が義と宣した者たちでもあります。最後に,神が義と宣した者たちは,栄光をお与えになった者たちでもあるのです」。
13 (イ)神は義と宣せられる人々に栄光を与えることをいつ行なわれますか。(ロ)人々を義と宣することはどんな根拠に基づいて行なわれますか。
13 神は栄光を与えることをいつ行なわれるのでしょうか。それは神が,今ご自身の右に高められているご自身の初子に関するすばらしい知識を,恵まれた者たちにお与えになるときです。そのようにして神は,天の栄光に至る道に彼らを置かれます。これは神の最初のみ業で,次に神は彼らを義と宣せられます。ただしこれは,彼らが全く無条件で自らを神に差し出す,つまり神に献身するほどまでに,栄光を受けられたキリストに信仰を抱くときに初めて行なわれる事柄です。
14 (イ)人はどんな方法により,神が「お召しになった」人々の中に数えられるようになりますか。(ロ)人はどのように,神に属する「あらかじめ定められた」人々の中に入れられますか。
14 次に神は,栄光を受けたみ子の,献身しバプテスマを受けた弟子を,『ご自分の愛するみ子の王国へと移す』ためにどんな方法でお召しになりますか。(コロサイ 1:13)神はその弟子をご自身の霊で生み出し,神の霊によって生み出された子とされるのです。そうすれば神は,天の王国の一員となるよう,そういう霊的子たちを召すもしくは招くことができ,天の王国は,最後に天における霊的命に復活する人々だけが享受することになります。(コリント第一 15:43-50)神は次のことをあらかじめお定めになりました。それは一団の兄弟,それも同じ神性を有し,初子であるイエス・キリストの像にかたどられた者である兄弟たちを,み子と交わらせるということでした。したがって,霊によって生み出された神の子どもは,召された後は,あらかじめ定められたクラスの一員となり,その中にあって,地上での死を迎えるまで忠実さを証明しなければなりません。神はこのクラスをあらかじめ定められましたが,そのクラスに入る特定の人を名指しで定められたことはありませんでした。神があらかじめお定めになったのは,キリストの天の兄弟の数は14万4,000人となるということでした。これに関連して個人の名前は一つも挙げられていません。―啓示 14:1-3。
15 神はいつ,どのようにして,あらかじめ定められた者たちを「最初に認め」られましたか。
15 ローマ 8章29,30節の中で使徒パウロが指摘しているところによると,神はご自分が栄光を,あるいは誉れと威厳をお与えになる,また義と宣し,召し,そしてあらかじめお定めになるクリスチャンのクラスを「最初に認め」られました。ずっと昔エデンの園で,ご自身の「女」の「胤」と,その「胤」が行なう勝利の偉業とについて預言をされたときに行なわれたのがすなわちそれでした。(創世 3:15,新)したがって,その「胤」が出現する何千年も前からその必要を認め,またその胤の特別の任務を認めていた最初の方は神でした。そのときから神は,その「胤」を生み出すご自身の責任を「最初に認め」られました。それでこのことは神のプログラムにおいて第一の事柄となりました。それゆえに神は,ご自分が「最初に認め」る価値があるとお考えになった事柄を,み子であるイエス・キリストというその「胤」と,このみ子の,霊によって生み出される忠実な弟子たちとを生み出すときまで,ずっとみ心に留めておられたのです。その「胤」の出現までの長い期間神はその胤をずっと予知しておられ,特別の好意をもってそれを認めておられたのです。
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