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ハルマゲドン,中東,そして聖書ものみの塔 1985 | 1月15日
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将来の改宗?
ところが一部の人々は,生来のユダヤ人全部の心が劇的な変化を遂げることを期待しています。「教会が天へ運び去られた後に生ずる大患難は,イスラエルが[キリスト教に]改宗する手段となるであろう」と,ある根本主義者の著述家は主張します。興味深いことに,パウロはローマ 11章25,26節で,「諸国の人たちが入って来てその人たちの数がそろうまで,感覚の鈍りがイスラエルに部分的に生じ,こうして全イスラエルが救われる」と述べています。
パウロは将来に起こるユダヤ人の大量改宗を預言していたのでしょうか。キリストを受け入れるのはユダヤ人の残りの者だけであることを示唆したのがパウロ自身である以上,そういうことがあり得るでしょうか。(ローマ 11:5)なるほどパウロは,諸国の人たちがクリスチャン会衆へ入って来てその人たちの「数がそろう」まで,ユダヤ人は霊的「感覚の鈍り」を経験すると言いました。a しかしながら,ギリシャ語学者リチャード・レンスキによると,「まで」という語はここでは必ずしも後代の改宗を暗示してはいません。(使徒 7章17,18節と,啓示 2章25節の「まで」と「やがて」[いずれも英語,untilの訳]」の用法を比較してください。)実際にはパウロは,ユダヤ人の感覚の「鈍り」は終わりに至るまで変わらないと言っているのです。しかし神は賢明にも,信仰を持つ異邦人をクリスチャン会衆に入れることによって霊的イスラエル(144,000人)の「数がそろう」ようにされるのです。「こうして[ユダヤ国民の心の変化によるのではない]全[霊的]イスラエルが救われる」のです。
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