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『世からの汚点のない状態』にとどまりなさいものみの塔 1984 | 10月1日
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世を利用した者はそれを用いない者のように振る舞いなさい。なぜなら,現在の世の秩序は過ぎ去りつつあるからです」。(コリント第一 7:29-31,現代語聖書)
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『世からの汚点のない状態』にとどまりなさいものみの塔 1984 | 10月1日
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7 一経済学者によると,教育の向上,収入の増大,その他の進歩に伴って,何も多くなりましたか。
7 多くの人は,「現在の世の秩序」の将来を憂慮しています。例えば,ジャーナリストのナンシー・ブラウンは,経済学者のエズラ・ミシャムが教育の向上と収入の増大に関して述べた次のような言葉を引用しています。「[それは]社会の向上をもたらさなかった。科学,教育,製品の進歩に伴って,社会には暴力,非行,軽犯罪,蛮行,殺人と自殺,卑俗な行為,わいせつ行為が多く見られるようになった」。この新聞記事の冒頭の表現は実に意味深いものです。「神の介入がなければ,世界の自滅を救うことはできない」― 1982年3月25日付タイムズ・コロニスト紙,カナダ,ブリティッシュコロンビア州ビクトリア市で発行。
8 わたしたちがこの世からできる限り得てはならないのはなぜですか。
8 エホバが地球を創造されたのは,不義の人間社会がそこを占拠するためではなく,義にかなった完全な人間がそこに住むためでした。(イザヤ 45:18。詩編 37:29,38)ですから神は,人類が自滅するのを許されません。とはいえ,この古い世の秩序が間もなく完全に過ぎ去ることに疑問の余地はありません。ですから,エホバの献身した僕たちは世を「十分に」用いるべきではないのです。あるいは別の翻訳が述べているように,「世を用いる際,それからできる限り得ようとしてはなりません。この世の現在の形態は過ぎ去りつつあるからです」― コリント第一 7:31,現代語による新約聖書,ウィリアム・F・ベック訳。
この世を全く用いてはならないか
9 (イ)エホバの民はどの程度までこの世を正しく用いることができますか。(ロ)マタイ 6章31-33節およびテモテ第一 6章7,8節を考慮し,わたしたちは物質的なものに対しどんな態度を取るべきですか。
9 では,献身したエホバの証人として,わたしたちがこの世から何かを得るのは正しいことでしょうか。正しいことです。パウロは,わたしたちが世を用いることはできても,それを十分に用いることはできないと指摘したのです。したがって,わたしたちの聖書的な責務を果たすこと,および王国の音信を宣べ伝える業に関係した合法的な世の備えを用いることができます。(テモテ第一 5:8; 6:17-19)
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