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  • 杭につけられたキリストは「神の力」
    ものみの塔 1978 | 8月15日
    • 前述のように,イエスが自らを強いメシアとして示さなかっただけでも,彼らの目には無価値に見えましたが,イエスが最後に苦しみの杭の上で不名誉な死を遂げられたときには,イエスは全く受け入れることのできない者になりました。ですから使徒パウロは,コリント第一 1章25節で,「杭につけられたキリスト」をユダヤ人が「神の弱い事がら」とみなし,完全につまづいたことを示しています。このことに関し,「注釈者の聖書」第10巻,29頁には次のような注解が載っています。

      「パウロの時代のユダヤ人の宗教上の希望は,ローマの圧制者たちからの劇的,破局的救出の啓示的期待に基づいていた。彼らは自国を世の諸国家の中で最高のものにする救出者を求めていた。肉体でいた当時のイエスに彼らはひどく失望したが,その原因の一部は,彼がマカベア家のやり方にならって同国民の軍事指導を行なうことを拒否したことに直接に起因する。パウロの時代のパレスチナはうずみ火のようであった。時々燃え上がる局部的反乱のほのおは,ローマ総督が消し止めることができたが,うずみ火は別問題であった。もしイエスが人気の絶頂にあって一声かけていたなら,幾千もの剣がさやから飛び出し,ローマはユダヤ人のうっ積した宗教上の理想主義と狂信的な民族主義の爆発を抑えるのに困ったことであろう。そういう理念や啓示的希望に想像力をかきたてられ,精神を燃えたたせていた民族にとって,『杭につけられたキリスト』のしるしなど,腹立たしい限りであった。彼らにとって十字架の言葉は全く不快なものであった。彼らはそれを少しも受け入れなかった」。

  • 杭につけられたキリストは「神の力」
    ものみの塔 1978 | 8月15日
    • 15 滅びる者,そして救われる者は,「杭につけられたキリスト」をどのように見ましたか。あざける者の嘲弄にもかかわらず,どんなことは依然として事実ですか。

      15 パウロは,エホバが備えられた贖いを唯一の救いの手段として強調することを決意していました。ユダヤ人はしるしを求め,ギリシャ人は知恵を熱望するかもしれませんが,パウロは「杭につけられたキリスト」を宣べ伝えます。これはユダヤ人にはつまずきとなり,ギリシャ人には愚かなことに思えます。「しかし,召された者にとっては,ユダヤ人にもギリシャ人にも,神の力また神の知恵なるキリストなのです。神の愚かな事がらは人間より賢く,神の弱い事がらは人間より強いからです」。(コリント第一 1:22-25)ユダヤ人やギリシャ人が「杭につけられたキリスト」を,弱い愚かなこととみなそうとも,それはやはりユダヤ教の言い伝えやギリシャ人の哲学よりもはるかに強くまた賢明なものなのです。

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