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クリスチャンの円熟 ― 捕らえどころのない目標?ものみの塔 1972 | 2月1日
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「キリストにある幼児」には,キリスト教の真理の「乳」だけを与える必要があります。そういう「幼児」は,何が真理かについて確固とした信念がありません。ですから,その歩みもよろめきがちで,偽りの教えを唱道する人間の策略や悪知恵に容易に誤導されます。
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クリスチャンの円熟 ― 捕らえどころのない目標?ものみの塔 1972 | 2月1日
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1世紀当時のヘブル人のあるクリスチャンは,「神の言の初歩」にとどまって,それより進歩しなかったために,まだ『乳を必要とする』者のような状態にあり,「知力を練習して善悪を弁ふる成人の用ふる」堅い霊の食物を食べる用意がありませんでした。
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クリスチャンの円熟 ― 捕らえどころのない目標?ものみの塔 1972 | 2月1日
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わたしたちのうちにそういう状態の人が,つまり不安定で,キリスト教の真理について確信がなく,依然として人間に従う傾向があり,霊的な兄弟である人々との一致にはいらず,したがってクリスチャン会衆を建てたり強化したりする愛を養っていない人がいるでしょうか。もしいれば,クリスチャンとして円熟することに努力を傾けねばなりません。また,つぎのことを知っておかねばなりません。つまり,霊的な子どもから霊的な成人への成長は,肉体の成長のように自動的ではないということです。それにはわたしたちが真しな努力を払わねばならず,神またそのみ子と協働し,この両者が備えてくださる,霊的な成熟もしくは完ぺきさに達する手段とも協同しなければなりません。
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