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油そそがれて天的希望をいだく ― それはどのように明らかにされますかものみの塔 1975 | 5月15日
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使徒パウロは,コリントにあった,油そそがれたクリスチャンたちの会衆に手紙を書き送ったとき,神は「またわたしたちにご自分の証印を押し,きたるべきものの印,つまり霊をわたしたちの心の中に与えてくださったのです」と述べました。―コリント第二 1:21,22。
神の天的な子となるべく神によって油そそがれた人々,霊の証印を受けた人々は,そのことをどのように示しますか。ある男の人または女の人が,自分はそのように油そそがれたと考えても,実際には考えちがいをしているということがありうるでしょうか。
これらの点について,聖書に基づく理解が必要であることは明らかです。たとえば,アフリカのある大きな国の幾つかの会衆では,主の夕食に出席した時,ある人々は始めて夕食にあずかり,それにあずかっている間に,からだを震わせるとか他の奇異な動作をしました。このことは,油そそがれた人々に対して神の霊が働く方法についての聖書の説明と一致していますか。それは,その人々の心の中に神の霊があり,彼らが天的な子として召された「しるし」もしくは先ぶれを彼らに与えている証拠でしょうか。
これらの質問に対する答えは否でなければなりません。
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油そそがれて天的希望をいだく ― それはどのように明らかにされますかものみの塔 1975 | 5月15日
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子としての真の霊を受ける
では,神の聖霊は神が油そそがれる人々に対してどのように働くのでしょうか。ローマ 8章15節から17節には次のように述べられています。「あなたがたは,再び恐れを生じさせる奴隷身分の霊を受けたのではなく,養子縁組の霊を受けたのであり,わたしたちはその霊によって『アバ,父よ』と叫ぶのです。霊そのものが,わたしたちの霊とともに,わたしたちが神の子でもあることを証ししています。さて,子どもであるならば,相続人でもあります。実に,神の相続人であり,キリストと共同の相続人です。ただし,ともに栄光を受けるため,ともに苦しむならばです」。
ガラテア 4章6,7節にも同様のことが書かれています。「あなたがたは子なのですから,神はご自分のみ子の霊をわたしたちの心の中に送ってくださり,それが『アバ,父よ!』と叫ぶのです。ですから,もはや奴隷ではなくて子です。そして,子であれば,神による相続人でもあります」。
したがって,天への召しを受けて油そそがれた人が有する重要な証拠はこの霊,つまり子であるという支配的な自覚,すなわち天の王国を相続する14万4,000人の一人として,神により霊的子として生み出された,という自覚です。本当にそのようにして生み出された人は,自分の心の中に生じた天的希望が,自分自身の希望によるものでも想像によるものでもなく,エホバ神から与えられたもの,そのような人に対するエホバの霊の働きの結果であることを,全き良心をもって証言することができます。(ペテロ第一 1:3,4。啓示 14:1-3)
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