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  • 「すべての慰めの神」はわたしたちと共におられる
    ものみの塔 1983 | 3月1日
    • 5 「彼ら[パウロの敵対者たち]はキリストの奉仕者ですか。わたしは狂人のように答えます。わたしはその点はるかに際立った者です。その労苦はさらに多く,獄に入れられたこともさらに多く,殴打を受けたことは過度に及び,死にひんしたこともしばしばでした。

  • 「すべての慰めの神」はわたしたちと共におられる
    ものみの塔 1983 | 3月1日
    • 『労苦と投獄はさらに多い』

      7 (イ)「その労苦はさらに多く」というパウロの言葉はどんな業のことを言っていますか。(ロ)エフェソス会衆の「年長者たち」に対する同使徒の言葉によると,パウロはどのように自分の奉仕の務めを果たしましたか。(ハ)良いたよりと王国の関心事のために熱心に労苦するようパウロを鼓舞したものは何ですか。

      7 その労苦はさらに多く: 「良いたより」の宣明者としてパウロは自分の敵対者たちより「一層骨折って働きました」。(コリント第二 11:23,今日の英語聖書)より長い期間,また非常に難しい区域でしばしば宣べ伝える業に携わったことは言うまでもありません。例えば,異教の女神アルテミスが崇拝され,パウロが暴徒の行動の犠牲となったエフェソスでは,奉仕の務めにおける,また仲間の信者たちの益を図るパウロの努力は非常に精力的なもので,それが悲痛なものになったこともありました。しかし立派な霊的な実が結果として生じました。後にパウロは,エフェソス会衆の「年長者たち」に適切にもこう言うことができました。「わたしは,何でも益になることをあなた方に話し,また公にも家から家にもあなた方を教えることを差し控えたりはしませんでした。むしろ,神に対する悔い改めとわたしたちの主イエスへの信仰について,ユダヤ人にもギリシャ人にも徹底的に証しをしたのです」。(使徒 20:17,20,21,31; 19:1-41)したがって,今では長老となっていたこれらの人々がクリスチャンになる前,使徒パウロは既に「家から家に」宣べ伝える活動においてキリスト教の基本的な真理を彼らに教えていたのです。良いたよりを広める面で,また王国の関心事を促進する面で熱心に労苦するようパウロを鼓舞したのは,パウロの心に働きかけたエホバの言葉とその聖霊でした。(イザヤ 61:1,2。ローマ 10:8-10)こうした熱心な活動において,この使徒は20世紀のクリスチャンに対する優れた模範となりました。

      8 (イ)パウロが,「優秀な使徒たち」より「獄に入れられたこともさらに多く」と言えたのはなぜですか。(ロ)フィリピで投獄されていた時,パウロとシラスはどんなことに慰めを見いだしたと思われますか。そして地震によって解放された時,二人は何を行ないましたか。(ハ)フィリピにおけるパウロの獄での経験から,どんな励ましを得ることができますか。

      8 獄に入れられたこともさらに多く: 西暦1世紀の終わりごろに著作活動を行なっていたローマのクレメンスによると,パウロは7回投獄されたことがあるとのことです。コリント人への第二の手紙を書く前に,パウロは既に「優秀な使徒たち」よりひんぱんに獄に入れられていました。「使徒たちの活動」の記録は,そうした投獄のうちの一つ ― マケドニアの都市フィリピでの出来事を述べています。明らかに,パウロとシラスは「義のために」苦しみを受けることを喜びました。投獄されている時に二人は神に祈り,歌によって神を賛美したからです。聖書について思いめぐらすことにより,また神が自分たちの祈りを聞いてくださり,その祈りを聞き届けてくださることが分かっていたので,二人は慰めを得ました。(詩編 65:2; 119:52)地震によって解放された二人は,すぐに逃げ出すのではなく,「エホバの言葉を[牢番]に,またその家にいるすべての者に語った」のです。その結果はどうなりましたか。牢番とその家の者がクリスチャンになりました。(使徒 16:16-40)確かにこの記述は,敬虔な喜びを持って迫害を受け入れ,よく祈り,神の言葉について黙想し,神の言葉について大胆に語るよう投獄されている今日のエホバの証人たちを励ますものです。―使徒 4:29-31。

      打ちたたかれても,死にひんしてもひるまない

      9 「殴打を受けたことは過度に及び」という言葉は何を意味していますか。

      9 殴打を受けたことは過度に及び: パウロは過度に打ちたたかれました。パウロはしばしば「死の戸口に」いたとも述べられています。(23節,20世紀新約聖書)これは,打ちたたかれているある時に殴打が余りにもひどかったため,パウロが打ちたたかれて死んだも同然の状態になったことを意味しているのかもしれません。

      10 (イ)パウロはどのように,『しばしば死にひんする』経験をしましたか。(ロ)「死の戸口に」いた時,この使徒を支えたものは何だと思われますか。

      10 死にひんしたこともしばしばでした: これは必ずしも,打ちたたかれるある特定の状況だけに関係したものではないでしょう。同じ手紙の前の方でパウロはこう述べました。「わたしたちは常に,イエスに加えられた致死的な仕打ちを,自分たちの体のいたるところで耐え忍んでいます」。(コリント第二 4:10,11)同使徒は,ダマスカス,ピシデアのアンティオキア,イコニオム,ルステラ,テサロニケ,そしてベレアで,命を脅かすような危険に直面し,死をもたらすような苦痛さえ味わいました。(使徒 9:23-25; 13:49-51; 14:1-6,19,20; 17:1,5-9,13,14)実際,パウロが『エフェソスで野獣と戦ったこと』について述べていることからすると,パウロはローマで行なわれていた競技の致死的な危険にさらされていたのかもしれません。(コリント第一 15:32。使徒 19:23-41; コリント第二 1:8-11と比較してください。)自分の命がこれほど幾度も危険にさらされたので,この使徒は確かに「わたしは日ごとに死に面している」と言うことができました。(コリント第一 15:31)何度も「死の戸口に」いた時にこの使徒を支えたのは,エホバの聖霊の助けと,神の貴い約束に対するパウロの信仰であったことに疑問の余地はありません。―コリント第二 1:20-22。

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