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排斥されている人たちに対して平衡の取れた見方をするものみの塔 1974 | 11月1日
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しかし,これと並ぶ別の危険もあります。なんですか。反対の方向に進みすぎ,手ぬるさの逆に,厳しく厳格すぎる処置を取ってしまうことです。
3,4 コリント第二 2章11節のパウロのことばにはどんな意味がありますか。
3 わたしたちは,コリント人への第二の手紙の中の,使徒パウロの警告に注目できます。それは(文脈から見て)明らかに,最初の手紙の中で述べられている罪人,つまり,『彼らの中から除かれ』ねばならなかった人について述べたものです。(コリント第一 5:1-5,13)この場合,その悪行者は明らかに悔い改めていました。その人が会衆全体にもたらした悲しみに関して会衆がその人をゆるしたことについて述べたのち,パウロはさらにこう書きました。「それは,わたしたちがサタンに乗ぜられることのないためです。わたしたちはその謀りごとを知らないわけではないのです」。(コリント第二 2:5-11)
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排斥されている人たちに対して平衡の取れた見方をするものみの塔 1974 | 11月1日
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今,サタンの謀りごともしくはねらいは,そうしたえじきをしっかり捕え,やがてその人を全くのみほして,その人を霊的に滅ぼすことです。もし会衆が,全く正しい良心を保ちながらも,過度に警戒し,今では真に悔い改めている悪行者を再び迎え入れるのをためらい,その人の復帰を必要以上に遅らせるなら,それは敵対者の意図にかなう結果になります。(コリント第二 2:7と比較)
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