-
全宇宙の組織者と共に働くものみの塔 1985 | 3月15日
-
-
6 「御国の来たらんことを」という本は,「新しい創造物」の成員の「母」の実体をどのように示しましたか。
6 興味深いことに,1891年に発行された「御国の来たらんことを」と題する書籍は,「新しい創造物」のこれら油そそがれた者たちに関してこう述べました。「使徒パウロは,イザヤ 54章1節から8節に関して,超人間的な知恵の光を投げかけ,それをサラによって象徴される霊的なシオンに,すなわち我々の母つまり契約に適用した。アブラハムの肉的な胤は,すでにその約束の相続人の立場から除外され,真の胤であるキリスト(イサクとリベカによって予表されていた)は,約束の唯一の胤として受け入れられていた。―ガラテア 4:22,24,26-31」。
7,8 クリスチャン会衆の「母」の夫とはだれですか。イザヤ 54章1-8節はこの点について何と述べていますか。
7 この陳述は,1897年にテオドール・ヘルツルが創設したシオニスト世界組織とは何の関係もありませんでした。その組織は,クリスチャン会衆の「母」である「上なるエルサレム」ではなく,この地上にある下のエルサレムと関係したものでした。(ガラテア 4:26)「御国の来たらんことを」という本は,クリスチャン会衆の「母」の夫たる所有者が,アブラハムによって表わされていた神であるという事実を発展させたわけではありませんでした。エホバは,アブラハム契約や新しい契約と結婚しておられるのではなく,イサクの母サラが表わしていた「上なるエルサレム」と結婚しておられるのです。「母」である「上なるエルサレム」は,サラと同じように生きているもの,人格を持つものであるに違いありません。
8 では,「上なるエルサレム」とはだれですか。それを知るために,イザヤ 54章1節から8節をまず考慮してみましょう。その聖句は一部次の通りです。
「『子を産まなかったうまずめよ,喜び叫べ! 子を産む苦しみを味わったことのない者よ,歓呼して快活になれ。甲高く叫べ。荒廃させられた者の子らは,夫たる所有者を持つ女の子らよりも多いからである』と,エホバは言われた。……『あなたの偉大な造り主はあなたの夫たる所有者,その名は万軍のエホバである。イスラエルの聖なる方はあなたを買い戻す方。その方は全地の神と呼ばれるであろう。エホバはあなたを,あたかも完全に捨てられ,霊の傷ついた妻であるかのように,また,若い時の妻でありながら,やがて退けられた者のように呼ばれたからである』と,あなたの神は言われた。『わたしは少しの間あなたを完全に捨てたが,大いなる憐れみをもってあなたを集める。わたしはしばしの間,あふれる憤りをもってあなたから顔を覆い隠した。しかし,定めのない時まで続く愛ある親切をもってあなたを憐れむであろう』と,あなたを買い戻す方,エホバは言われた」。
9 (イ)エホバはイザヤ 54章1-8節で,だれ,あるいは何に対して慰めの言葉を語っておられますか。(ロ)ガラテア 4章25,26節によると,対型として呼びかけられている比喩的な「女」とはだれですか。
9 この最初のところで,エホバは契約に話しておられるのではありません。ご自身とのモーセの律法契約に入っている一つの国民,ご自身の選ばれた民に呼びかけておられたのです。神の観点からするとその国民は,神にとって妻のような複合の「女」を構成していました。ガラテア人へのパウロの手紙によれば,その比喩的な「女」は予型的なものですが,パウロはその女が一つの契約,あるいは約束であるとは述べていません。契約を慰めたり励ましたりすることはできません。パウロはむしろ,「夫たる所有者」であるエホバが,慰めを与えるだけの知性と能力をお持ちになる人格神として生きておられるように,対型的な「女」も「母」のように生きたものであることを示しています。
-
-
全宇宙の組織者と共に働くものみの塔 1985 | 3月15日
-
-
それに対し,上なるエルサレムは自由であって,それがわたしたちの母です」― ガラテア 4:25,26。
-
-
全宇宙の組織者と共に働くものみの塔 1985 | 3月15日
-
-
自由なエルサレム
13 パウロは自由なエルサレムについて何と述べましたか。そしてその「子供たち」は何から自由にされ,堅く立つべきですか。
13 パウロは,奴隷の身分にある地上のエルサレムを,「自由」な「上なるエルサレム」と対照させました。そしてイザヤ 54章1節から8節を引用してこう書きました。
「それに対し,上なるエルサレムは自由であって,それがわたしたちの母です。というのは,こう書かれているからです。『喜べ,子を産まないうまずめよ。声を上げて高らかに叫べ,産みの苦しみのない女よ。見捨てられた女の子供らは,夫のいる女の子供らよりも多いからである』。そこで,兄弟たち,わたしたちは,イサクと同じように約束に属する子供です。しかし,その当時,肉の方法で生まれた者が霊の方法で生まれた者を迫害するようになりましたが,今もそれと同じです。しかしながら,聖書は何と言っていますか。『下女とその子とを追い出しなさい。下女の子が自由の女の子と一緒に相続人となることは決してないからです』。それゆえ,兄弟たち,わたしたちは,下女の子供ではなく,自由の女の子供なのです。キリストは,このような自由のためにわたしたちを自由にしてくださったのです。ですから,堅く立って,再び奴隷のくびきにつながれないようにしなさい」― ガラテア 4:26-5:1。
14 イサクの誕生が「霊の方法」によるものであったとなぜ言えますか。
14 このように語りかけられたガラテアのクリスチャンは,「[神]の約束の結果としての神の子供たち」でした。(ガラテア 4:28,今日の英語聖書)この点を予影するものとして,100歳のアブラハムと90歳の妻サラからイサクが誕生し,その忠実な族長に対するエホバの約束が成就しました。そうです,アブラハムからイサクが誕生したことは奇跡であり,全く「肉の方法」によるものではありませんでした。(創世記 18:11-15)ですから,それは「霊の方法」によるものでなければなりませんでした。大いなるアブラハムであるエホバ神の霊は,自由な女サラとアブラハムの生殖力を回復させるためにどうしても必要でした。(ローマ 4:19)イサクが西暦前1918年に生まれた時,「約束」そのものが古くなっていなかったことは注目に値します。その年は西暦前1943年,つまりアブラハムが約束されたカナンの地に入り,「約束」が有効となった年のわずか25年後に過ぎなかったからです。
15 どれほどの期間「上なるエルサレム」には子供がありませんでしたか。その子孫の数が多くなり始めたのはいつですか。
15 「上なるエルサレム」は,サラの場合よりもずっと長く「見捨てられ」,いわば子供のない状態でした。実際「上なるエルサレム」は,アブラハムに対する約束が有効となった西暦前1943年から,イエスがバプテスマを受けた西暦29年までそのような状態にありました。イエスが大いなるアブラハムであるエホバの霊によって生み出され,神の霊によって油そそがれ,キリストつまり油そそがれた者,メシアとなったのはその西暦29年のことです。しかし,「上なるエルサレム」には一人と言わず,それ以上の霊的な子供ができることになっていました。それで,イエスの復活と昇天の後,西暦33年のペンテコステの日に,イエスの忠実な弟子たちおよそ120人が大いなるアブラハムの霊によって生み出されました。彼らはその時にあの霊によって油そそがれ,大いなるイサクであるイエス・キリストの霊的な兄弟たちとなりました。その日の後刻,さらに3,000人ほどのユダヤ人がイエスの弟子としてバプテスマを受け,聖霊によって油そそがれました。(使徒 2:1-42)こうしてその日に「上なるエルサレム」は多くの子供たちの「母」となりました。
16 「上なるエルサレム」の実体は何ですか。
16 使徒パウロは,イザヤ 54章1節から8節で呼びかけられている女が「上なるエルサレム」であることを明らかにしています。エホバ神はその女の「夫たる所有者」であり,同時にその女の偉大な造り主です。この女は比喩的に言って,上なる天にある,神の「女」,神の「妻」,すなわち妻のような組織です。神は夫のように,アブラハムの時代に約束された真の「胤」を生み出すためにその女を産出的にされる方です。―ガラテア 3:16,26-29。
17 「上なるエルサレム」はどのように大いなるアブラハムの主要な「胤」の「母」となりましたか。
17 大いなるアブラハムの主要な「胤」となるため,神の独り子はエホバの妻のような天の組織から出て来ました。こうしてこの女は,神のみ子の「母」のようになりました。イエス・キリストは,ご自分が地におられた時代の地上のエルサレムの比喩的な子ではありませんでした。当時のエルサレムはその「子供たち」共々,束縛状態,つまり奴隷の身分にありましたが,イエスが奴隷とされたことは全くなかったからです。(ガラテア 4:25)地上のエルサレムはイエス・キリストを退けた生来のユダヤ人の「母」でした。イエス・キリストは族長アブラハムの約束された「胤」であっただけではなく,大いなるアブラハムであるエホバ神の「胤」でもあったのです。―マタイ 23:37-39。
-