愛による監督は築き上げる
「わたしたちは真理を語りつつ,愛により,すべての事において,頭であるキリストを目ざして成長してゆきましょう」― エフェソス 4:15。
1 聖書はクリスチャン会衆とその監督たちをどのように描写していますか。
「大患難」が近付くにつれ,クリスチャン会衆に対するわたしたちの認識と感謝は深まる一方です。使徒パウロは,この生ける神の会衆を,「真理の柱また支え」と描写しています。彼はまた,『神の会衆を牧す』べく聖霊によって任命された,会衆の特定の長老たちと関連して「柱」のことを述べています。同様に,今日のクリスチャン会衆においても,長老たちは,愛によって会衆を築き上げるために,神権的に任命されています。―テモテ第一 3:15。ガラテア 2:9。使徒 20:28。
2,3 (イ)キリストは会衆にどんな賜物を与えましたか。その目的はどこにありましたか。(ロ)監督たちはどんな立派な模範に従うべきですか。
2 「そして[キリスト]は,ある者を使徒,ある者を預言者,ある者を福音宣明者,ある者を牧者また教える者として与えました。それは,奉仕の業のため,またキリストの体を築き上げるために聖なる者たちをさらに調整することを目的としてであり,こうしてわたしたちはみな,信仰と神の子についての正確な知識との一致に達し,十分に成長したおとな,キリストの満ち満ちたさまに属するたけの高さに達するのです。それは,わたしたちがもはやみどりごでなくなり,人間のたばかりや誤らせようとたくらむ巧妙さによって,波によるように振りまわされたり,あらゆる教えの風にあちらこちらと運ばれたりすることのないためです」― エフェソス 4:11-14。
3 初期会衆内で特別の任命を受けて奉仕した「使徒」や「預言者」はいないかもしれませんが,『福音宣明者,牧者,教える者』などは依然,神への奉仕に率先すべく聖霊によって任命されています。「[わたしたちの]魂の牧者また監督」であるエホバご自身が,彼らの優れた模範です。(ペテロ第一 2:25)エホバは「ご自分のみ名ゆえに」なんと優しくその羊を「義の道筋に」導き入れられるのでしょう。(詩 23:1-6,新)またなんと親切に,理解をもって羊の世話をされるのでしょう!『主エホバかく言いたまう 我みずからわが群れをさがしてこれを守らん……善き牧場にて我かれらを牧わん……うせたる者は我これを尋ね おいはなたれたる者はこれを引き返り 傷つけられたる者はこれをつつみ 病める者はこれを強くせん」。(エゼキエル 34:11-16)エホバはすべての「羊」が,ご自分の妻のような組織,すなわち彼らの「母」を通して教えを受けるようにしてくださるのです。それは彼らが豊かな平和を得,義のうちに堅く立てられるためです。―イザヤ 54:13,14。ガラテア 4:26。
4 「聖なる者たちをさらに調整すること」からどんな結果が生まれましたか。
4 「聖なる者たちをさらに調整すること」は長年にわたり進められてきました。理解の光がいよいよ輝きを増すにつれ,古い考えは排除されました。1970年代の現在では,その輝きはエホバの民の間で『昼のもなかにいたって』おり,会衆は「十分に成長した」ものになった,と実際に言うことができます。世界中の神の羊の群れは『信仰の一致』に達して一つに結ばれており,世のバビロン的宗教,とりわけキリスト教世界に見られる分裂と明確な対照をなしています。あらゆる国のエホバのクリスチャン証人の間に今あるような一致が,この地球上で見られたことは,一度もありませんでした。聖書の真理を語ることにおいて一致し,また愛のきずなで結ばれていますから,彼らは今キリスト教世界を悩ましている大あらしのような「教えの風」に影響されません。彼らはパウロが与えた,「真理を語りつつ,愛により,すべての事において,頭であるキリストを目指して成長してゆきましょう」という諭しに,あくまでも従うよう努めています。―エフェソス 4:15。箴 4:18。
5,6 (イ)長老制についてのどんな質問は適切ですか。(ロ)わたしたちはこの取り決めをどのように考えるべきですか。
5 近年,わたしたちは,各会衆内に長老たちを任命するという神の取り決めについて,より深い理解を得ました。この取り決めはわたしたちにとって祝福となるものです。しかし,すべての人がこのことに十分気付いているでしょうか。単に人間的な,肉的な見地から長老たちを見る傾向のある人々がまだいるでしょうか。差し迫った個人的な問題について長老と話し合うのを嫌う人がいますか。自分の会衆の長老の能力,すなわち自分たちの問題を理解して聖書に基づく適切な助言を与える能力を疑っている人がいますか。その人は,ものみの塔協会に手紙を書くことが唯一の解決策と考えていますか。もちろん,協会と統治体は,自分たちにできるところでは援助を惜しみません。しかし,聖霊によって任命された長老たちは,現場にいる,したがってあらゆる要素を考慮し得る立場にある,統治体の代表であることを忘れないでください。
6 わたしたちは,長老制を決して軽視すべきではありません。これは長老たちが『わたしたちの魂のために見張りをする』という,エホバがつくられた愛のある取り決めなのです。―ヘブライ 13:17。詩 19:7-9。
7 (イ)わたしたちはどんな「重荷」を互いに負い合うことができますか。(ロ)各自が自分で負わねばならない「荷」とは何ですか。
7 この点に関し,ガラテア 6章2,5節でパウロが言っている,「互いの重荷を負い合い」なさいという言葉と,「人はおのおの自分自身の荷を負うのです」という言葉とを検討してみるのは有益です。これは矛盾しているのでしょうか。そうではありません。というのは,「重荷」と「荷」とは違うからです。「重荷」に相当するギリシャ語はバロスで,いつでも何か厄介な,重いものを指します。したがって,もしあるクリスチャンがなんらかの耐えがたい霊的困難に遭遇するなら,愛のある仲間の信者たちは援助の手を差し伸べて,「キリストの律法を全う」すべきです。特に長老たちはよく助けるべきです。『重荷を負っている』人も,そのような助けを求めることをためらうべきではありません。しかしそれと同時にその人は,「自分自身の荷を負」わねばなりません。ここではパウロは,重さに関係なく担わねばならないものを表わすギリシャ語,フォルティオンを用いています。それはわたしたちだれもが事情のいかんにかかわらず担わねばならない「荷」― エホバ神の献身した奴隷として忠実を証明する,わたしたち自身の責任の荷です。―ガラテア 6:4。コリント第二 10:12。
8,9 長老たちは,『あなたの重荷を負う』点でどこまで助けることができますか。
8 もしあなたが,『自分の重荷を負う』のに助けが必要なら,ためらわずに長老たちに助言を求めてください。長老たちは可能なかぎり喜んで助けを与えるでしょう。しかしあなたは,長老があなたに代わって決定を下してくれることを期待すべきではありません。決定を下すことは,あなた個人が負わねばならない,あなた自身の「荷」,あなたの責任なのです。もしあなたがわたしの立場にあったらどうしますか,と長老に質問するのは,正しいことでも公平なことでもありません。長老はあなたの立場にはいないのです。しかし長老は喜んであなたと一緒に聖句を復習し,聖書の原則に照らして問題をよく考えるように援助するでしょう。(箴 11:14)聖書の知識や実際的経験に富む人と話し合っていると,ある疑問または問題の答えがはっきりしてくるということはよくあることです。それはあなた自身が決定を下す助けになることもあります。―箴 15:22。
9 長老たちは多くの面で助けることができます。どのように?
個人の問題や家族の問題が生ずるとき
10 (イ)なんらかの弱点をなかなか克服できないなら,どうすることが賢明ですか。(ロ)『油を塗る』ことは何を示していますか。この点で一番よく助けることができるのはだれですか。
10 あなたは,良心的に努力しているにもかかわらず,なかなかなくならないある弱点と戦っていますか。ヤコブ 5章13節から15節には次のような助言があります。「あなたがたの中で苦難に遭っている人がいますか。その人は祈りつづけなさい。……あなたがたの中に[霊的に]病気の人がいますか。その人は会衆の年長者たちを自分のところに呼びなさい。そして,エホバの名において油を塗ってもらい,自分のために祈ってもらいなさい。そうすれば,信仰の祈りが病んでいる人をよくし,エホバはその人を起き上がらせてくださるでしょう。また,その人が罪を犯しているなら,それはゆるされるでしょう」。実際の油を頭に塗ると痛みが和らいで気分がさわやかになるように,霊的に病んでいる人に神の言葉を適用するのも,その人の苦痛を和らげ,その人を正し,慰め,そしていやすためです。(詩 141:5。イザヤ 1:6)この点で,理解のある長老以上によく助け得る人がいるでしょうか。
11 ある人は,明らかな良心を得るのにどのように助けを得ますか。
11 あなたは過去において何か間違ったことをし,そのために今それを嘆き,恥ずかしく思い,またエホバが赦してくださったかどうか疑問に思っていますか。長老は,エホバがあなたを赦していないと信ずる理由が本当にあるかどうか,あなたが変化したあとの行ないや態度を検討してみるようにあなたを助けることができます。エホバが,預言者でありまたイスラエルの長老でもあったに違いないナタンを用いて,ダビデのうちに『純粋な心と新たな霊』を創造されたことを思い出してください。(サムエル後 12:1-13。詩 51篇)ダビデの場合のようにあなたも,心から出る悔い改めの祈りはエホバに聞かれる,という確信を抱くことができます。悔い改めて身を転じたなら,明らかな良心をもち,エホバのあわれみに感謝して,前進することができます。―詩 86:15-17。使徒 3:19,20。
12 長老たちは健康上の問題をどのように助けることができるでしょうか。
12 あなたは健康上の問題で落胆していますか。長老は奇跡によって病気をいやすことはできませんが,暖かい励ましを与えることができます。また,がまんをし明るさを保つための実際的な提案をしてくれるかもしれません。そのことを長老に話してみてください。『主にあって主宰の任に当たっている』人々は,「憂いに沈んだ魂になぐさめのことばをかけ」ることにおいて率先すべき人々です。長老たちは,「弱った手を強くし,よろめくひざを健やかに」するよう助けることができ,『心おののく者に,「強くあれ,恐れてはならない」』と言える人々です。長老たちは確かに,あなたを霊的に支える助けになります。―テサロニケ第一 5:12,14。イザヤ 35:3,4,口。
13-15 長老たちは,(イ)家庭内の問題,(ロ)個人間の不和に関して,どんな実際的な援助を与えることができますか。
13 あなたは,配偶者が信者でなかったりして,家庭の問題を抱えていますか。コリント第一 7章10節から16節,またペテロ第一 3章1節から9節などにある聖書の助言はよくご存じのことでしょう。しかしより良い成果を上げるにはそれらの聖句をどのように適用すればいいのだろう,とあなたは考えています。長老はあなたに必要な実際的な助言を与えることができるかもしれません。二人が家にいる時に訪問して,関係を改善するための実行可能な提案をし,緊張を和らげるよう援助できるかもしれません。
14 信者でないほうの配偶者が,仕事仲間や親せきの者などから,中立,血,「休日」または偶像崇拝などの問題のことで,エホバの証人に反対する言説をさんざん聞かされている,ということもよくあることです。それで長老は理解をもって,すべての事柄が王国という明記されている最も重要な問題につながっていること,そしてその王国は永続的幸福と平和をもたらし,「すべての生ける物の願いを満た」すのだ,ということを説明するとよいでしょう。―詩 145:9-16,新。
15 あなたはだれかと不和になり,感情を害していますか。そのために和解することがむずかしい状態にありますか。その場合,もしかしたらエフェソス 4章26,32節の良い助言に従うよう努力する点に問題があるのかもしれません。もし長老にそのことを話すなら,長老はあなたがそのとがを大目に見るように助けることができるでしょう。また長老は,二人と話し合ったほうが良いと思うならそのようにし,聖書の原則を適用することによって解決を見いだすよう援助するでしょう。―詩 119:97; 133:1。
16 長老はどのように恥ずかしがりやの人を助けますか。
16 あなたは非常な恥ずかしがりやで,他の人と話をし,交わりを楽しむのをむずかしく思っていますか。もし長老に頼むなら,長老はあなたが自分のほうからもっと進んで他の人たちに話しかけるように援助できるかもしれません。そしてほかの時だけでなく集会の時にも交わりから真の喜びを得る方法を教えるかもしれません。「心に楽しみがあれば顔色も喜ばしい」ものです。ですからあなた自身の顔色が明るくなればそれにつれて,エホバご自身の民の中での交友の喜びもますます多く経験するようになるでしょう。(箴 15:13)長老の皆さん,恥ずかしがりやの人たちがもっと外向的になるよう援助することに率先してください。―ヨハネ 13:34,35。フィリピ 2:4。
野外奉仕ですべての人を助ける
17 福音宣明の業をなす際に遭遇する問題に関して『再調整する』とき,長老たちはどんな面で助けることができますか。
17 エフェソス 4章8,11節によると,キリストが与える「人びとの賜物」の中には「福音宣明者」が含まれています。実際,長老たちには,福音宣明者として王国を宣明する熱心さの模範を示す特権があるばかりでなく,この奉仕における能力を伸ばすよう兄弟姉妹たちを助ける特権もあります。ある人々はすでに雑誌や書籍を家から家に熱心に配布するようになっているかもしれません。他の人々は,関心を持つ人々を再訪問して,新しい人たちと勉強を始める能力があるかもしれません。さらには聖書研究で教えることに,また新しい人たちを集会へ導くことに秀でているかもしれません。長老たちは,王国宣明者たちがその活動を拡大し,他の分野においても練達するよう彼らを訓練する面で助けることができます。また,むずかしい区域で働くときの,あるいは困難な問題に奉仕を妨げられるときの落胆した気持ちと闘うよう,群れの成員たちを助けることができます。―イザヤ 32:1,2。
18 長老たちはどんな態度また確信を示すよう励ますべきですか。
18 長老は,新しい人たちと一緒に聖書の話を練習するなどして,野外奉仕の準備をする際に実地に役立つことを教えることができます。また,エホバへの奉仕に対して健康な見方をするように励ますこともできます。野外で多くの文書を配布することは必ずしも成功していることを意味しません。なぜなら,聖書研究を始め,弟子を作ることを目的としてよく教えることも,望ましいことだからです。(マタイ 28:19)長老は,すべての人が『良いたよりの伝道』を熱心に続け,今が非常に緊急な時であることを考えて目覚めているよう励ますことができます。(マルコ 13:10,32-37)長老たちと,群れの他のすべての人が野外奉仕で熱心に働くなら,わたしたちは『エホバに属する者たち』を集める際に,み使いの導きとエホバの祝福を確信することができます。―テモテ第二 2:19。マタイ 25:31-33。マルコ 4:3-8。
19 長老たちは,将来開拓者になろうとしている人,また現在開拓をしている人たちをどのように励ましますか。
19 あなたは特権を拡大して,全時間「開拓」を行なう良いたよりの宣明者,または「一時開拓者」になることを望んでいますか。この場合にも長老は実際的な提案をして助けることができます。大抵の長老は自分の経験から,しなければならない調整や,直面しなければならない問題,立てなければならない予定などに精通しています。長老はあなたがほかの全時間王国伝道者と一緒に働く取り決めを作るのを助けてくれます。そういう人々と一緒に奉仕すればあなたは強くなるでしょう。そしてあなたが成功するとき,皆が共に喜べるでしょう。―テモテ第一 4:15。
聖書に関係した質問があるとき
20 聖書に関する質問の答えを見つける点で,長老たちはどのように助けになれますか。
20 あなたは聖書に関係した質問の答えを見つけだすのに困難を感じていますか。長老たちは,「ものみの塔出版物索引」の効果的な用い方を示すことができるでしょう。もしあなたが話す言語の「索引」がないなら,長老たちは答えを探し出す他の実際的な方法を示すことができます。多くの場合,長老はあなたが探している聖句を直ぐに教えてくれるでしょう。最初に長老の助けを求めるなら,ものみの塔協会に手紙を書いて答えを求める必要はまずありません。―ヨハネ 5:39。使徒 17:11。
21,22 (イ)どんな質問はそのままにしておくのが一番よいですか。(ロ)信仰を築くための基礎となるような質問の例を挙げなさい。
21 しかしながら,なかにはそのままにしておくほうが良い質問もあります。思わく的な質問はただ「調べるための問題を出すだけで,信仰に関連して神からのものを分かち与えることにはなりません」。(テモテ第一 1:4)例えば,長老や協会に次のような質問をすることが,信仰を築くことにおいてどれほどの価値があるでしょうか。もしアダムがエデンから追い出される前に命の木の実を食べていたならどうなっていたか。もしイエスが地上にいるときに忠実を示さなかったなら,エホバはどうされただろうか。新秩序ではなんらかの形の貨幣が使われるか。機械,自動車,テレビジョン,コンピューターなどはどうか。もしアダムが罪を犯さなかったなら,地球の周囲にあった水の天がいは落下したか。み使いはどれほど速く飛ぶか。霊者が天から地まで来るにはどのくらいの時間がかかるか。
22 へりくだった態度で真理を求めている人々はむしろ,誠実な真理探求者たちがイエスに尋ねたような質問をするでしょう。―マタイ 9:14; 13:10。マルコ 9:11; 10:9,10。ヨハネ 3:4; 16:17,18。使徒 1:6。
長老の助言にこたえる
23 (イ)長老たちはどんな動機から群れの世話をしていますか。(ロ)長老たちは「柔和な霊をもって」ある人をどのように「再調整」することがありますか。
23 長老たちは,すべての人が永遠の命という目標に到達するよう助けることに極めて深い関心を抱いているはずです。といってもそれは,彼らが人々の生活の私的な面をすべていちいちせんさくしなければならない,ということではありません。しかし,長老たちが特定の人とその行動について話し合う必要を感じる場合が時にはあるかもしれません。会衆内のだれかが,自分の霊性を危うくするような,あるいは最後には真理から脱落する結果になるような事柄を行なっていることに長老たちが気付いたなら,その人に警告を与えるのは長老たちの責任です。そうすることによって長老たちは,その人があとへ引き返せないところまで行って重大な罪に陥ることのないうちに,いわば「つぼみのうちに摘み取る」ようにその人を助けます。「兄弟たち,たとえ人がそれと知らずに何か誤った歩みをする場合でも,霊的に資格のあるあなたがたは,柔和な霊をもってそのような人に再調整を施すことに努め,それとともに,自分も誘惑されることがないよう,おのおの自分を見守りなさい」。(ガラテア 6:1)助言や提案を与えるにも,またそれを受けるにも,柔和な霊をもってしなければなりません。
24 (イ)なぜ長老たちは「羊」のために身を費やしますか。(ロ)しかしどんな罪は審理委員会にかけられますか。
24 ですから長老は,たとえ小さな事柄でも,重大な問題につながる可能性のある傾向に注意を向けさせる点で,非常に貴重な奉仕をすることになります。「わたしの兄弟たち,もしあなたがたの中のだれかが惑わされて真理からそれ,別の人がこれを立ち返らせるなら,罪人をその道の誤りから立ち返らせる人は,その人の魂を死から救い,多くの罪を覆うのである,ということを知りなさい」。(ヤコブ 5:19,20)キリストに従属する牧者たちは,『これら小さな者のひとりが滅びるのは,天におられる父にとって願わしいことではないこと』,また『悔い改めるひとりの罪人について喜びが天にある』ことを,よく理解しています。(マタイ 18:14。ルカ 15:7)ですから長老たちは羊のために身を費やします。しかし,ゆゆしい罪が関係している場合は,会衆の審理委員会にかけます。
25 言うことを聞かない子供を『再調整する』ことに対して長老はどのように援助できますか。
25 クリスチャンで未信者の夫を持つある母親の息子が,王国会館で騒がしくすることがあるかもしれません。長老は親切に,巧みにその母親に話しかけ,彼女が抱えている問題を解決するための援助を申し出るでしょう。もしその人がそのような助言を快く受けるなら,長老は,家庭でのしつけの実際的な方法を提案するでしょう。その目的は子供が良いマナーを身につけ,他人のことを顧み,そして何よりも愛という特性を養うよう助けることにあります。子供たちとの定期的な研究は,その「問題児」が,愛のこもった援助を受けることに寄与するでしょう。家庭で行なわれる再調整はやがて王国会館の集会での良い振舞いとなってはっきり現われるでしょう。―箴 22:15; 23:13,14。申命 11:18,19。
26 服装や髪型その他に関する長老の助言に謙遜に従うなら,どんな結果になりますか。
26 長老たちは時に,この世的なふんい気を会衆内に持ち込む,あるいは外部の人々に間違った印象を与えそうな,スタイルの服装または身繕いを注意しなければならないことがあるかもしれません。(テモテ第一 2:9,10。ローマ 12:2)彼らがこの助言を与えることは,独立心の強い人がその助言を受け入れにくいのと同様にむずかしいことでしょう。しかし,会衆内の調和と一致と平和を助長するのは何でしょうか。それは言うまでもなく,わたしたちの霊的福祉を心にかけている「年長者たち」の助言に,わたしたちがへりくだった態度で従うことです。そして,「謙遜とエホバを恐れることの結果は,富と栄光と命である」ことを忘れないようにしましょう。―箴 22:4,新。ヨハネ第一 2:15-17。
27 長老たちは会衆内の他の兄弟を励ます点でどんな貴重な奉仕をしますか。
27 長老たちは,他の兄弟たちが会衆内でさらに多くの特権をとらえることに努めるよう,温かく励ますべきです。「監督の職をとらえようと努めている人がいるなら,その人はりっぱな仕事を望んでいるのです」。(テモテ第一 3:1)すべての人はエホバの霊の助けによって伸ばすことのできる能力を持っています。そして献身した兄弟は一人残らず,会衆内で可能な限り有用な者となることを切望すべきです。長老たちは他の人々がこのような積極的な態度を取るように働きかけ,責任を受け入れてそれを果たすよう彼らを訓練することが大切です。―マタイ 6:33。フィリピ 3:13。
28 神権学校を通して長老が進歩を励ますことから,どんな霊的益が得られますか。
28 若い人も年を取った人も,兄弟も姉妹も,神の群れの人はすべて,親切な牧羊のわざに感謝するでしょう。例えば,あるクリスチャンの婦人は,恥ずかしがって神権学校に入ろうとしないかもしれません。しかし長老が愛と理解をもって励ますなら,その人はこの特権にあずかる勇気を得るでしょう。学校を主宰する長老の励ましある助言は,野外でより練達した働き人となるよう多くの人を助けます。助言に進んで答え応じ,そして長老たちの励ましに満ちた助言があるなら,結果として優れた霊的益が得られるでしょう。
「すべての事において成長する」
29 会衆内の長老および他のすべての人の目標は何であるべきですか。
29 長老たちは何に深い関心を抱いていますか。彼らは会衆内の人が一人残らず「成長」を続け,奉仕や生き方においていよいよキリストに似る者となることを願っています。交わり始めてわずか数か月の人も,あるいは何年になる人も,皆霊的進歩を目標とすべきです。神の組織は前進しています。速度を落とすことはありません。ではわたしたちが速度を落とすべきでしょうか。
30 なぜすべての人は長老たちの牧するわざに快よく答え応ずるべきですか。
30 これには命 ― 魂 ― が関係しています。だからこそ長老たちは会衆内のひとりびとりに強い関心を持っているのです。それですべての人はヘブライ 13章17節に深い注意を払うべきです。「あなたがたの間で指導の任に当たっている人たちに従い,また服しなさい。彼らは言い開きをする者として,あなたがたの魂のために見張りをしているのです。こうしてあなたがたは,彼らがこれを喜びのうちに行ない,嘆息しながら行なうことのないようにしなさい。そのようなことはあなたがたにとって損失となるからです」。彼らが先頭に立って事を行なうのは,神への奉仕における彼らの熱意と,親切な牧羊の業とによるのです。彼らがあなたの魂のために見張りをすることは,私的な事柄をせんさくすることではなく,むしろあなたの霊的福祉を油断なく見守ることです。彼らはあなたの霊的福祉に兄弟らしい鋭い関心を抱いているのです。その愛による監督に群れが答え応ずるとき,牧者たちにとってそれは本当に大きな喜びです。実際,わたしたちは「その信仰に倣」うよう励まされています。―ヘブライ 13:7。
31 では会衆は長老たちに対してどんな態度を取るべきですか。
31 これら「人びとの賜物」,つまり会衆内の『福音宣明者,牧者,教える者』としての長老たちは,エホバがキリストを通して与えてくださった,時機にかなった賜物です。わたしたちは彼らがそのような賜物であることを認めて,彼らの熱心の模範に倣いましょう。そして問題や質問をもって彼らのところへ行くのをためらわないようにしましょう。彼らは実際に,わたしたちが「すべての事において,頭であるキリストを目ざして成長」するよう,愛をもって助けるために『与えられた』人々なのです。―エフェソス 4:7,8,11,15。
[595ページの図版]
野外奉仕に率先し,他の人々と一緒に働くことは,長老たちの重要な働きの一部