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「良いたより」のための生きた証人となりなさいものみの塔 1977 | 10月1日
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5 「キリストについての良いたより」に関する証しは今や,生来のユダヤ人と異邦人から成るクリスチャンの集団によって行なわれるようになりました。その人々はエホバ神がその当時ご自分の証人として用いておられた人々でした。(フィリピ 1:27)
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「良いたより」のための生きた証人となりなさいものみの塔 1977 | 10月1日
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6 (イ)「良いたより」によって個々の人にどんなすばらしい機会が開かれましたか。(ロ)使徒 4章12節および17章29-31節から明らかな通り,イエスの弟子たちは,ユダヤ人も非ユダヤ人も何を知ることが必要であることを認めていましたか。
6 イエス・キリストの使徒と他の弟子たちは,自分たちが神とそのみ子の証人となる責務を負っていることを十分に理解していました。イエスをキリストと信じ,イエスの犠牲を贖罪価値のあるものと信ずることによってとこしえの命が得られる,という「良いたより」は,すべての人が聞く権利を有しています。(ヨハネ 3:16; 17:3)使徒ペテロはサンヘドリンに告げました。「ほかのだれにも救いはありません。人びとの間に与えられ,わたしたちがそれによって救いを得るべき名は,天の下にほかにないからです」。(使徒 4:12)何年かたって使徒パウロはアテネの人に次のように言いました。「わたしたちは……神たる者を金や銀や石,人間の技巧や考案によって彫刻されたもののごとくに思うべきではありません。たしかに,神はそうした無知の時代を見過ごしてこられはしましたが,今では,どこにおいてもすべての者が悔い改めるべきことを人類に告げておられます。なぜなら,ご自分が任命したひとりの人によって人の住む地を義をもって裁くために日を定め,彼を死人の中から復活させてすべての人に保証をお与えになったからです」。(使徒 17:29-31)ユダヤ人,非ユダヤ人を問わず,すべての人は,永遠の命を目ざして神とキリストの証人となる機会を死によって阻止され捕えそこなわないうちに,「良いたより」を聞く必要がありました。
7 (イ)一世紀のクリスチャンたちは,「良いたより」を宣べ伝えるためには何に耐える覚悟がありましたか。なぜですか。(ロ)使徒ヨハネの手本を考えてわたしたちはどんな事を自分に尋ねてみるとよいでしょうか。
7 したがって「良いたより」は,仲間の人間の永遠の福祉とかかわりを持っていました。またこれをすべての人に宣べ伝えることは神のご意志でもありました。(テモテ第一 2:3,4)それで献身したクリスチャンたちは,神と仲間の人間を愛するがゆえに,自由を失い命をさえ失う結果になる恐れがあっても,証言し続けました。西暦96年ごろ,存命中の最後の使徒は,小アジアのクリスチャンたちにあてて次のように書き送りました。「あなたがたの兄弟であり,イエスとともになって患難と王国と忍耐をあなたがたと分け合う者であるわたしヨハネは,神について語り,イエスについて証ししたために,パトモスと呼ばれる島に来ることになった」。(啓示 1:9)あなたはヨハネのように,「神について語り,イエスについて証し」していますか。「良いたより」は人々にとって救いを意味するゆえに人々は「良いたより」を聞く必要がある,という確信を抱いていて,それを行なうためには苦しみをも辞さない覚悟がありますか。
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