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これらの「終わりの日」のあとのメシアによる神の王国ものみの塔 1981 | 1月1日
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8 パウロが西暦60-61年ごろコロサイ 1章13節に書いた事柄にもかかわらず,クリスチャンが今なお主の祈りを捧げるのはなぜですか。
8 わたしたちは,使徒パウロが西暦60年から61年ごろ,コロサイ人への手紙 1章13節に記した事柄とは関係なく,今なおこの祈りを捧げます。その時パウロはこう書きました。「神はわたしたちをやみの権威から救い出し,ご自分の愛するみ子の王国へと移してくださいました」。ここで述べられているのは,この地上の,宗教的な暗黒に閉ざされていた小アジアの都市でまだ肉体を着けていたコロサイ人のクリスチャンたちが移された霊的な王国のことです。サタン悪魔の支配下にある地上における彼らの霊的な状態が,「父よ,あなたのお名前が神聖なものとされますように。あなたの王国が来ますように」という主の祈りの成就でなかったことは明らかです。(ルカ 11:2。マタイ 6:9,10)この祈りが完全に聞き届けられるためには,神の愛するみ子が霊的な王国以上のものをもって即位し,ご自分の地上の弟子たちの上に支配を及ぼさなければなりませんでした。
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これらの「終わりの日」のあとのメシアによる神の王国ものみの塔 1981 | 1月1日
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ところが,エホバの証人が1914年以来行なってきた王国に対する証しは,1914年以前そしてそれ以後にキリスト教世界の宣教師たちが宣布してきたものとは大いに異なっているのです。
16,17 (イ)第一次世界大戦の終了した1918年以後に行なわれた王国に関する証しは,キリスト教世界の宣教師が宣べ伝えていたものと,どんな点で異なっていましたか。(ロ)この点を証明するものとして,「ものみの塔」誌は1920年7月1日号で何と述べましたか。
16 「異なっている」というのですか。どのようにでしょうか。その証しは,「証印を押された」14万4,000人の霊的イスラエル人がすでに移されていた,コロサイ 1章13節に述べられている「[神]の愛するみ子の王国」に関するものではなかった,という点が異なっているのです。(啓示 7:1-8)
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