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ポルノグラフィー ― それはほんとうに害のないものですか目ざめよ! 1974 | 2月8日
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聖書がコロサイ人への手紙の3章5節で同様の助言を与えているのには,十分の理由があるのです。「ですから,淫行,汚れ,性欲,有害な欲望,また強欲つまり偶像礼拝に関して,地上にあるあなたがたの肢体を死んだものとしなさい」。人はどうすればこれに成功するでしょうか。エフェソス人への手紙 5章3節は,「あなたがたの間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません」と命じています。これには,会話においてであろうと,映画の中であろうと,舞台の上であろうと,印刷物の中であろうと,肉体的な快楽を得る目的でそうした事柄を「口にする」こといっさいが含まれます。ですから聖書は単に性の不品行そのものだけを禁じているのではありません。そうした行為につながる段階にも注意するよう警告しているのです。
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ポルノグラフィー ― それはほんとうに害のないものですか目ざめよ! 1974 | 2月8日
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ポルノグラフィーは人に偶像崇拝の罪をさえ犯させる可能性があります。なぜそうなるのでしょうか。なぜならそれは一種の強欲,「つまり偶像礼拝」を助長するからです。(コロサイ 3:5)「注釈者の聖書」は,「強欲」(プレオネクシア)に相当するギリシャ語の意味を次のように説明しています。「他人がどんな迷惑をこうむってもかまわずに自己を満足させる『肉欲的な放縦』」。プレオネクシアは,「自分自身の衝動を満足させることにしか関心がない」。
ポルノグラフィーはこの種の利己主義を助長します。作家のアービン・クリストルは,ニューヨーク・タイムズ誌の中で次のように説明しています。「人がポルノグラフィーやわいせつなことばから得る性的快楽は,自己色情[自ら引き起こして自らに向けるもの]である。……卒直に言えば,それは純然たる自とく行為ではないが,想像による自とく行為である」。したがってポルノグラフィーは,人をして自分の肉欲を崇拝の対象にさせるおそれがあります。事実上,自分自身を偶像にするのです。
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