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「永遠の福音」の本は有益であるものみの塔 1964 | 2月1日
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された神の本すなわち霊感による聖書をお与えになりました。(テモテ後 3:17,新口)与え主である神に深く感謝すべきではありませんか。
21 (イ)どんな理由から私たちは神のことばを「聖」なるものと呼びますか。(ロ)神のことばは人の生活をどのように変えますか。
21 本を多くつくればはてしがないと言われていますが,聖書は人間の作るこれらの本にない特質をそなえています。(伝道之書 12:12)聖書は「神の霊感を受けて書かれた」ゆえに聖なる本です。それは神の義を立証し,神を崇め,神の民をきよめて聖なるものとするために書かれました。イエス・キリストは弟子たちのため神に祈った言葉の中で,その事を言われました。「真理によって彼らを聖別して下さい。あなたの御言は真理であります。また彼らが真理によって聖別されるように,彼らのためわたし自身を聖別いたします」。(ヨハネ 17:17,19,新口)聖書には聖別する力があり,人の生活を全く変える力があります。その力によって人は悪魔の世からわけられ,神とその崇拝また奉仕に全く献身した人となります。神はこのような人を救い,いま目前に迫った正義の宿る神の新しい秩序の下で永遠の生命を得させます。ゆえに聖書は私たちにとって最も有益な本です。他のすべての本にまさって聖書を重んずるべきではありませんか! 私たちはそうします。
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神の霊感による聖書の全部はどのように有益かものみの塔 1964 | 2月1日
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神の霊感による聖書の全部はどのように有益か
1 聖書の真の目的は何ですか。それで聖書に匹敵する本がほかにありますか。
今日たいていの本は売るために書かれ,著者と出版者に利益をもたらします。聖書は単にベストセラーになることを目ざして書かれた本ではありません。いままでに1202の言語に訳され,毎年何百万冊も売られる聖書はどの本よりも多く流布されており,たしかにベストセラーではあります。それはごく当然のことですが,聖書の本当の目的は物質的利益を得ることではなく,霊的な益を得ることです。それは神の造る栄光の新しい秩序の下に永遠の生命を得ることにつながっています。ゆえに聖書を読み,それに従って生きる人が聖書から得る益は,他のどんな本から得る益にもまさっています。聖書はこの地上で最も有益な本です。ゆえに私たちは聖書を読まなければなりません。
2 (イ)テモテ後書 3章16,17節に述べられている聖書の益をひとつ残らずあげなさい。(ロ)「聖書はすべて」というパウロの言葉は,聖書のどれだけを意味していましたか。パウロはその事をどのようしていますか。
2 神の人すなわち神に属する民となることを望み,神の人々にふさわしく全く献身して神に奉仕することを望む人にとって,「聖書」が如何に有益かに注目して下さい。使徒パウロは聖書の有益さについて,クリスチャンの監督テモテに次の事を書き送りました。「聖書は,すべて神の霊感を受けて書かれたものであって,人を教え,戒め,正しくし,義に導くのに有益である。それによって,神の人が,あらゆる良いわざに対して十分な準備ができて,完全にととのえられた者になるのである」。(テモテ後 3:16,17,新口)「聖書は,すべて」と述べたパウロが意味したものは聖書全巻であって,いわゆる新約聖書だけ,あるいは霊感によるヘブル語聖書だけではありません。キリスト教国の一部の宗教家は,新約聖書がクリスチャンに必要なもののすべてであると唱え,ユダヤ人は将来の世界で祝福された生命を得るために必要なものはヘブル語聖書だけであると唱えます。しかし私たちには,クリスチャン以前の部分とクリスチャン時代に加えられた部分とを含む聖書全巻が必要です。両方の部分とも「神の霊感によって書かれた」のであり,如何なるものであれ神の霊感したものを人は無視できないからです。幸福な永遠の生命を求める人にとってその全部は有益です。使徒パウロもそれと同じことを述べています。ここでパウロはクリスチャン以前のヘブル語聖書から一つの句を引用してイエス・キリストに適用したのち,次のことを述べました。「キリストさえ,ご自身を喜ばせることはなさらなかった。むしろ『あなたをそしる者のそしりが,わたしに降りかかった』と〔詩篇 69篇9節に〕書いてあるとおりであった。これまで,〔すなわちキリストの時よりも前〕に書かれた事がらは,すべてわたしたちの教のために書かれたのであって,それは〔キリスト以前に書かれた〕聖書の与える忍耐と慰めとによって,望みをいだかせるためである」。(ロマ 15:3,4)従っておよそ「神の人」が「十分の準備ができて,完全にととのえられた者」となるには,聖書全巻を持ってそれを使わなければなりません。
「教え」る
3 パウロは教える者の資格をどのように備えていましたか。私たちの最も偉大な師はどなたですか。
3 聖書はすべて神の霊感によるもので教えるのに有益であると,使徒パウロが述べていることに注目して下さい。教えるとはすなわち永遠の生命という貴重な報いをかち得る道を他の人々に教えるために聖書を使うことです。パウロ自身がこの事のよい手本でした。それでテモテに次のように書き送っています,「そのために,わたしは立てられて宣教者,使徒となり(わたしは真実を言っている,偽ってはいない),また異邦人に信仰と真理とを教える教師となったのである」。(テモテ前 2:7,新口)霊感を受けて聖書を書いたクリスチャンの中で,最も多く書いたのはパウロでした。キリストの弟子のうち,パウロをはじめ,他の7人がクリスチャン・ギリシャ語聖書を書きました。これらの人々は地上の人間のうちで最も偉大な師イエス・キリストの追随者でした。そのうえ聖書全巻の霊感の与え主は天にいますかた,あらゆるものの中で最も偉大な師です。この師に関して次の言葉が神の組織にむかって述べられています,「又なんぢの子らは皆エホバに教をうけ,なんぢの子らのやすきは大ならん」― イザヤ 54:13。ヨハネ 6:45。
4 エホバはどのように私たちの師となりますか。
4 エホバ神ご自身から教えをうけることを考えるとき,心をおどらせるべきではありませんか。神から学ぶ者となって,神の霊感による本を受け入れ,読み,学び,行なうとき,エホバ神は私たちの師となるのです。それで聖書には人間の作ったどんな最新の本にもまさって教える特質がそなわっているはずです。もちろんそれはこの世の学校で教えるためではなく,永遠の生命の与え主エホバ神の啓示されたお目的にかなった生活を送って,人生に輝かしい成功をおさめるためです。
5 神のことばを教える者となるのは11人の忠実な使徒だけではありません。そのことはどんな事実から明らかですか。
5 復活したイエス・キリストから次の命令を与えられたのは,11人の忠実な使徒だけではなく,ガリラヤでその時集まったすべての弟子たちでした。「それゆえに,あなたがたは行って,すべての国民を弟子として,父と子と聖霊との名によって,彼らにバプテスマを施し,あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。見よ,わたしは世の終りまで,いつもあなたがたと共にいるのである」。(マタイ 28:19,20,新口)11人の忠実な使徒はすべて1世紀の終りまでに死んでいますから,組織制度の終結の時まで人々を弟子とし,バプテスマを施し,教えよとの命令は使徒
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