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からだの訓練,それとも敬虔の生活 ― そのどちらを選びますかものみの塔 1973 | 4月15日
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ように,『〔敬虔〕には…後の命…が約束されてある』のです。ですから,わたしは自分の人生の重大問題,つまり,からだの訓練,それとも敬虔の生活 ― そのどちらを選ぶか,という問題に関して正しい決定を下したことをうれしく思っています。―テモテ前 4:8〔文語〕。
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あなたはほんとうに信じていますかものみの塔 1973 | 4月15日
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あなたはほんとうに信じていますか
ある事がらが真実であると,単に頭の中で同意しているだけで,よく人は,「わたしはそれを信じています」と言います。頭の中で同意しているということは,それに調和した行動をとろうとしているという意味ではありません。そのような人は,キリストの弟子ヤコブが次のように書いた,西暦1世紀のあるクリスチャンたちに似ています。『なんじ神は唯一なりと信ずるか,かく信ずるはよし,悪鬼もまた信じてわななけり。ああむなしき人よ,なんじ行ないなき信仰のいたずらなるを知らんと欲するか』― ヤコブ 2:19,20。
反逆の道を歩み,みずから悪霊となった天使たちは,神が存在していることを知っていました。それらの天使は神を信じざるをえませんでした。しかし,その信仰は神の意志に一致して行動するよう彼らを動かすものではありませんでした。
ですから,エホバ神の目に価値のある信仰とは,何かを真実と単に認めることではありません。自分の信仰と一致した行動をする人は,その信仰が真実のものであることを示しています。
真の信仰は行動を促す
献身したエホバの証人は,今生きている人びとの世代がその「終わりの日にいることを信じており,また他の人がエホバ神の是認されたしもべとなって,「終わりの日」を終結させる近づいている世界の『かん難』を生き残る者となるよう,緊急に助けることが必要であると信じています。さらに,「あらゆる種類の人が救われ,真理の正確な知識に至ること」が神の意志であるとも信じています。(テモテ前 2:4,新)「終わりの日」や近づいている「かん難」,人間に対する神の目的などに関して,あなたが信じている事がらは,あなたに行動を起こさせますか。あなたの全生活は,今が「終わりの日」であり,人びとの命が
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