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模範的な行状の外国人また寄留者最善の生き方を選ぶ
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父なる神の予知にしたがい,霊による聖化をもって,また従順な者となってイエス・キリストの血を振りかけられる目的で選ばれた人たちへ」― ペテロ第一 1:1,2。
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模範的な行状の外国人また寄留者最善の生き方を選ぶ
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ユダヤ人と非ユダヤ人から成るクリスチャン会衆が存在するようになるはるか以前に,全能者は,地上の各地に散らばるご自分の僕から成るそうしたグループがやがて存在するようになることを予知されました。彼らは,神の霊の働きを受けることによって聖別される,つまり,神聖な用のために取り分けられました。エホバは,彼らが神のご意志を行なう従順な子供となるようにという目的で聖別されたのです。宇宙の主権者によってそのように用いられていることを知ると,それらの信者は深く感動して,神が与えてくださった崇高な目的にそいたいという気持ちになったはずです。
6 (イ)どのようにしてクリスチャンたちは神のみ前に清い立場を得ましたか。(ロ)彼らが『イエス・キリストの血を振りかけられた』ことにはどんな事柄も含まれていたと思われますか。
6 信者が選ばれ聖別された人々となったのは,言うまでもなく,彼ら自身に功績があったからではありません。その一人一人は罪人であり,清められることを必要としていました。ですから,使徒ペテロはその人たちについて「イエス・キリストの血を振りかけられる」と述べました。このことからわたしたちは,とりわけ人間の死体に触れて儀式上汚れたイスラエル人を清める手順を思い出します。その人が再び清くなるためには,清めの水を振りかけられることが必要でした。(民数 19:1-22)同様に,キリストの犠牲の贖いの益はクリスチャンに適用されました。それによってクリスチャンは神のみ前に清い良心を得,祈りを通して自由な言葉で神に近付くことができました。(ヘブライ 9:13,14; 10:19-22)さらに,また,イスラエル人がエホバと契約関係に入ったとき,モーセはいけにえの血を民に振りかけました。(出エジプト 24:3-8)ですから,「イエス・キリストの血を振りかけられる」という言葉は次のことにも注意を促していると考えられます。すなわち,それらの信者は,イエス・キリストを仲介者とし,イエスが流された血によって有効となった新しい契約に入れられていたのであり,すでにその契約の益にあずかっていたということです。
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