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決意したことを貫くための,励みとなる助け最善の生き方を選ぶ
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み使いたちが関心を抱いたのはなぜか
11 ペテロ第一 1章12節によれば,み使いは,救いを得させるための神の取決めに対してどれほどの関心を示していますか。
11 み使いたちの手本からも,神の恵みのうちにとどまれるよう全力を尽くすための励みが得られるはずです。忠実なみ使いたちは,救いのための神の取決めにあずかる必要が自分たちにはないにもかかわらず,人類に対する神の壮大なお目的の成就に深い関心を抱いています。使徒ペテロは,「み使いたちは,実に[ヘブライ人の預言者たちの注意を引いた]こうした事がらを熟視したいと思っているのです」と書きました。(ペテロ第一 1:12)そうです,イエス・キリストが地上に来られる前,み使いたちは,キリストの身に降りかかる苦しみ,「それに続く栄光」,そして「良いたより」が人類に及ぼす影響についてさらに多くを知りたいと願っていました。使徒ペテロは,み使いたちがそうした事柄を「熟視したいと思っている」と言うことができました。原語のギリシャ語によれば,「熟視する」という表現には,ある物事を精細に調べようとして前かがみになるという意味があります。ところで,み使いたちが,救いに関連したエホバ神の啓示を注意深く調べることにそれほど強い関心を抱いたのはなぜでしょうか。完全な霊者であるのに,地上の罪深い人間のための備えに対して,なぜ特別の関心を持つのでしょうか。
12,13 み使いが人類の救いに大きな関心を抱いている理由を,どのように説明できるでしょうか。
12 み使いは,全知ではないので,他の者に対する神の行動や神の啓示を熱心に考察することによって知識を深めるに違いありません。人類の罪を贖う取決めは,確かに,エホバの愛と公正とあわれみと知恵のすばらしい例となっています。ですから,罪深い人類を救うためのエホバの取決めに関する理解を深めることに没頭することにより,み使いたちは天の父に対して一層の感謝の念を抱くようになります。宇宙内の他のどんな物事の進展について学んだり調べたりしてもそこからは識別できない,み父の特質と物事の行ない方とを学びます。―エフェソス 3:8-10と比較してください。
13 そればかりか,み使いたちは人間に対して“好感”を持っています。(箴 8:22-31と比較してください。)そして,人類が天の父エホバと和解するのを見たいと願っています。だからこそ,イエスは,「悔い改めるひとりの罪人については,神の使いたちのあいだに喜びがわき起こるのです」と言われたのです。―ルカ 15:10。
14 (イ)わたしたちの救いに対して示すみ使いたちの態度から,わたしたちは何をするように促されるべきですか。(ロ)神の忠実な僕であり続けるためには,使徒ペテロのどんな助言を思いに留めるべきですか。
14 そうです,わたしたちが悔い改めたとき,大勢のみ使いは喜びました。そして,み使いたちは,わたしたちが最後まで忠実さを保つことに大きな関心を抱いています。実際,彼らはわたしたちを“激励”しているのです。
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9 メシアに関する預言から特に益を得たのはだれですか。
9 ペテロが明らかにしている通り,ヘブライ人の預言者たちは,メシアに関する預言が記録されたのは主として自分たちの益のためでなく,メシア出現の時に実際に生きている人々の益のためであることを理解するようになりました。(ペテロ第一 1:12)預言者ダニエルは与えられた啓示に関して,「わたしは,これを聞いたが,理解することができなかった」と告白しています。(ダニエル 12:8,新)一方,西暦一世紀に宣べ伝えられた「良いたより」を受け入れた人々は,霊感によって伝えられたメシアの初臨に関する音信から十分の益を得た人々です。ヘブライ人の預言者たちは,実際には,その人々に仕えていたのです。―マタイ 13:16,17。
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