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永遠の命に不可欠な食物最善の生き方を選ぶ
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6 「乳」を慕う気持ちを培うよう勧められているのはだれですか。
6 神のご意志を行なおうと勤勉に努めるとき,わたしたちの思いと心は,聖書の知識を取り入れる備えができていることになります。しかし,霊的な食欲をおう盛にするには,ほかにも考慮しなければならないことがあります。同使徒は,「生まれたばかりの幼児のように,何も混ぜ物のない乳を慕う気持ちを培い……なさい」と勧めています。(ペテロ第一 2:2)生まれたばかりの赤ん坊はミルクだけで十分であり,それ以外の食物をほしがりません。そのような赤ん坊と同じように,信仰を持って間もない人々も『みことばの乳』を必要としています。そして,それを切に求める気持ちを培わねばなりません。そうすれば,クリスチャンとして円熟したときに,霊的な固い食物に対する同様の渇望を持ちたいと願うに違いありません。―ヘブライ 5:12-14。
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永遠の命に不可欠な食物最善の生き方を選ぶ
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霊的な食物に対する味覚を培う
8 わたしたちは何に促されて,聖書の理解をさらに深めたいという気持ちになるはずですか。
8 エホバ神とイエス・キリストに対する愛に動かされるなら,聖書をできる限り理解したいと願うはずです。天の父とみ子をよりよく知って,お二方に一層近づくための助けは,聖書を通して与えられます。
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永遠の命に不可欠な食物最善の生き方を選ぶ
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9 (イ)どんなものは,霊的なものに対する強い食欲を失わせかねませんか。なぜそう言えますか。(ロ)霊的なものに対する食欲を強めるのに,どんなことができますか。
9 自分は「みことば」を慕う気持ちがあまり強くないと感じる場合はどうしたらよいでしょうか。では,エホバ神とみ子があなたのために行なってくださった事柄を感謝の念を持ってゆっくり思い巡らしてください。また,神から離反している世の哲学や推論や宣伝に過度の注意を払って霊的な食欲を失ってはいないか調べてください。注意深い考察や黙想を必要としない読み物,また写真とか絵の多い雑誌ばかりを読むことも,霊的なものに対する食欲を失う原因となりかねません。聖書は人を楽しませるためでなく,教えるために書き記されたということを銘記する必要があります。言葉そのものはやさしくても,述べられている考えには,多くの場合,祈りを込めて熟考することに時間を掛けなければ,どう察できないような深い意味があります。
10 イエス・キリストの例えに関するどんな事実は,聖書を何気なく読むだけでは正確な知識が得られないことを証明していますか。
10 一例として,イエス・キリストが使われた例えは簡単なものでしたが,聖書のどの翻訳を読むにしても,何気なく読むだけでは,そこに示されている重要な真理を悟ることはできません。ユダヤ人は,自分たちの言語で神のみ子が語るのを聞きながら,その教えから感銘を受けなかったのではないでしょうか。イエスが使われたのは一般の人に理解できる言葉でしたが,話された事柄の意味は教育を受けた人々にさえ隠されていました。なぜなら,イエスの話を聴いていた人々の大多数は謙遜さと霊的な食物を慕う気持ちに欠けていたからです。したがって,その人たちは真意をつかもうとしてさらに尋ねることをしませんでした。―マタイ 13:13-15。
11 聖書の浅薄な知識で満足すべきでないのはなぜですか。
11 わたしたちは基礎的な教理,そして聖書の話や“物語”を知っているといった程度の,聖書の浅薄な知識で満足していたいとは思いません。いやしくも,自分は神とキリストを愛していると言うのであれば,聖書を学ぶことに進んで時間を掛け,そこに述べられている事柄の趣旨,意味,精神をくみ取ってそれを適用する必要があります。努力なくしては,どんな立派な技術も身に付きません。したがって,あらゆる知恵の源であられるエホバに関する知識を増すために大きな努力を払うのは当然ではないでしょうか。―箴 2:1-6; テモテ第一 4:13-16と比較してください。
12 正確な知識を得ようとする態度は,祝福を受けることとどんな関係がありますか。
12 神の言葉の理解を一層深めようとする態度は,わたしたちに与えられる祝福と直接関係があります。エホバ神を知るうえで差し伸べられた機会を十分に活用しなくても,命を失うとは限らないかもしれません。しかし,そのために,幾つかの点で神のご意志の不履行という罪を犯して祝福を得損なう可能性があります。イエスは,一つの例え話の中で,自分は知らなかったと言っても,ある程度の損失をこうむらずにはすまないことを示されました。主人の意向を理解していなかったためにむち打ちに値するようなことをした奴隷は,十分に知りながら故意に不従順な態度を取る奴隷ほど厳しい罰を受けないとしても,やはり罰せられます。(ルカ 12:47,48)ですから,神の言葉の定期的な研究を生活の一部とすることを怠り,その結果,クリスチャンの行状と活動の面で必要な進歩を遂げていないなら,それは重大なことです。
13 神の言葉は,わたしたちが何を得る助けとなりますか。それは,霊的な食物を取り入れることにどう影響するはずですか。
13 神の言葉全体は,わたしたちが「成長して救いに至る」,つまり,主イエス・キリストの是認された弟子として最終的に救いを得るのを助ける目的で書かれています。したがって,わたしたちが自分の永遠の福祉に真の関心を抱いているなら,霊感による聖書を通してエホバ神とみ子をよりよく知るようになりたいという誠実で強い願いにそのことが表われるはずです。
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