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完全な手本 ― キリスト最善の生き方を選ぶ
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「たしかに彼は人には退けられましたが,神にとっては選ばれた貴重な石であり,
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完全な手本 ― キリスト最善の生き方を選ぶ
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6 (イ)一世紀において,信仰を持つ人々はどのように,「生ける石に来るごとくに」神のみ子のもとに来ましたか。(ロ)イエスが「生ける石」と呼ばれるのがふさわしいのはなぜですか。
6 イエス・キリストが自分たちの主であり,救いを得るための経路であることを認めることによって,彼らは「生ける石に来るごとくに」イエスのもとに来ました。「生ける石」とは非常に適切な表現です。キリストは,命を支える物が得られない,普通の冷たい無生の石とは違います。イスラエル人は,荒野で岩塊から奇跡的に出た水で潤されましたが,神のみ子はその時の岩塊のようです。霊感を受けた使徒パウロによれば,「その岩塊はキリストを表わしていました」。それは,神のみ子の象徴もしくは描写的な型でした。(コリント第一 10:4)イエスご自身次のように語られました。
「だれでも渇いた人がいるなら,わたしのところに来て飲みなさい」。(ヨハネ 7:37)「だれでもわたしが与える水を飲む人は,決して渇くことがなく,わたしが与える水は,その人の中で,永遠の命を与えるために沸き上がる水の泉となるのです」。(ヨハネ 4:14)
このように,神のみ子は,人がご自分の教えを新鮮な水のように取り入れるなら,救い,つまり終わりのない命へと導かれることを示されました。そればかりか,イエス・キリストは命を与える力をも授けられているのです。人々を死からよみがえらせ,ご自分のなだめの犠牲に基づいて,み父と同様,人々に命を分け与えることがおできになるのです。―ヨハネ 5:28,29。
7 イエス・キリストは「生ける石」としてどのように退けられましたか。
7 ペテロが指摘している通り,イエスは「たしかに……人に退けられました」。特に,尊大な宗教指導者たちは,見倣うに値すると考えられるものを神のみ子の中に何一つ見いだしませんでした。人類に対するみ子の模範的な同情心や愛を正しく評価していませんでした。イエスが,罪人として知られていた人々を霊的に援助したとき,宗教指導者たちは,「この人は罪人たちを歓迎していっしょに食事をする」と異議を唱えました。(ルカ 15:2)それら宗教指導者は,み子が同情心にかられ,安息日を利用して,盲人の目を開け,病人をいやし,不具の人を治す様子を目撃しました。しかし,大いに喜んで神をたたえるどころか,怒りに満たされてみ子を殺そうとたくらみました。(マタイ 12:9-14。マルコ 3:1-6。ルカ 6:7-11; 14:1-6)そして,み子に目を開けてもらった人に,「これは神からの人ではない。安息日を守っていないからだ」と言いました。(ヨハネ 9:16)最後に,ユダヤ人の最高法廷だったサンヘドリンは,冒とくという偽りの罪でイエスに死刑を宣告しました。(マタイ 26:63-66)ユダヤ人の支配者たちは,処刑が必ず行なわれるように,イエスの罪状を冒とくから扇動に変えました。ローマの総督ピラトは,彼らにそそのかされ,重罪を犯した政治犯のようにイエスを刑柱に付けるよう命じました。―ルカ 23:1-24。
8 エホバはみ子をどのように評価しておられますか。
8 人々がイエス・キリストを土台として受け入れなかったことによって,み子に対する神ご自身の評価が変わったわけではありません。至高者はみ子を,人類を贖う手段として,またクリスチャン会衆がその上に建てられる「生ける石」としてあらかじめ定めておられたので,イエスは,ペテロが述べる通り,「選ばれた」方であり,その後も引き続いてそうでした。み子が神のお目的を完ぺきに果たすことに対して,み父は一点の疑いも持たれませんでした。エホバは,み子が献身と愛情の点で完全なことを知っておられました。地上におられたとき,イエス・キリストは,非常な苦しみを受けながらみ父のご意志を完全に行なうことによって,み父に対する深い愛を証明されました。厳しい試練の下で忠実を保ったゆえに,み子は至高者の目に極めて貴重なものとなりました。ですから,エホバ神がこの上なく貴重な息子と考えておられる方を土台としているクリスチャン会衆は,祝福されていると言えます。(エフェソス 2:20-22)それで,クリスチャン会衆の献身的な成員たちは,イエス・キリストの忠実な道を見倣おうと懸命に努力します。
9 一世紀の信者たちは,自分たちの信仰が失望に終わることはないとなぜ確信できましたか。
9 使徒ペテロから手紙を書き送られた人々は,み子に対して神と同じ見方をしました。ペテロもそのことを,「彼が貴重であるのはあなたがたにとってであり,それはあなたがたが信じる者となっているからなのです」と述べています。(ペテロ第一 2:7,前半)それらのクリスチャンは,イエス・キリストが,み父によって天のシオンにすえられた極めて貴い隅石であり,詩篇 118篇22節,イザヤ書 8章14節および28章16節の言葉を成就しておられることを認めました。
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