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権威に対する服従は報われる最善の生き方を選ぶ
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イエスの手本は励ましとなる
23,24 (イ)正しいことを行なったために虐待されるとき,だれの模範は励ましとなりますか。(ロ)その方はどのような目に遭いましたか。そして,どのように振る舞いましたか。
23 むろん,不正を忍ばねばならないということはだれにとっても決してたやすいことではありません。しかし,幸いにも,わたしたちには見倣うべき完全な手本,すなわち主イエス・キリストがいます。イエスの手本は励ましの真の源となります。使徒ペテロは,虐待されていたクリスチャンである奴隷を慰めるに当たり,イエスの手本に注意を促してこう述べています。
「事実あなたがたはこうした道に召されたのです。キリストでさえあなたがたのために苦しみを受け,あなたがたがその歩みにしっかりついて来るよう手本を残されたからです。
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権威に対する服従は報われる最善の生き方を選ぶ
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24 こうしてペテロは,神のみ子の弟子となるよう召された理由の一つは不当な苦しみを受けるときにみ子のような精神を実証する点にあることを,奴隷であるクリスチャンに思い出させました。イエス・キリストは,地上における人間としての生涯の最後の日に,特に,非常な忍耐を示されました。平手打ちを食らい,こぶしでなぐられ,つばをかけられ,むち(体を傷つけるための鉛か骨か,かぎ針が付いていたものと思われる)で打たれ,最後には極悪犯罪人のように杭に付けられたのです。しかし,イエスはそうした侮辱をことごとく甘受し,自分に不当な仕打ちを加えた人々をののしったり,脅かしたりするようなことは決してなさいませんでした。イエス・キリストは自分の生涯が純粋なものであったことを知っていましたが,自分の正しさを自らの手で証明しようとはせず,神でありみ父である方が自分のために正しい裁きをしてくださることを確信して,言い分をみ父にゆだねられました。わたしたちも,権利を侵害された場合,全能者がそれを決して見逃されないことを確信できます。わたしたちが苦しみを辛抱強く忍び続けるなら,全能者は正義のはかりで計ってくださいます。神の罪のないみ子が虐待を進んで忍ばれたのであれば,ましてや,罪人であることを自覚するわたしたちみ子の追随者がそうすることは当然すぎると言っても過言ではありません。
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