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  • 「信仰」を得たのちも前進する
    ものみの塔 1980 | 8月1日
    • 神とキリストについての知識を向上させる

      5 信仰を得たあと,どんな責任が生まれますか。その責任を果たすには何がぜひとも必要ですか。

      5 『信仰を得た』あとイエス・キリストの弟子たちには,自分たちに対する神のご意志に一層よく従う個人的責任が生じます。この面で役立つのは正確な知識です。使徒ペテロは,正確で豊富な,言い換えれば完全な知識の重要性を強調して次のように言いました。「過分のご親切と平和が,神およびわたしたちの主イエスについての正確な知識によってあなたがたに増し加えられますように」― ペテロ第二 1:2。

      6 (イ)「神および……イエスについての正確な知識」を持つとはどういう意味ですか。(ロ)どのようにしてその知識を持つようになりますか。

      6 「神およびわたしたちの主イエスについての正確な知識」を持つということは,おふたりの人格的特性,つまりおふたりの特質,物事の仕方や扱い方を知り,その完全な模範に見倣うことを意味します。(エレミヤ 22:15,16; マタイ 7:21-23; ヨハネ第一 2:3-6; 3:5,6と比較してください。)神の言葉の原則を学びそれを適用する点で進歩することにより,わたしたちは父とみ子をますますよく知るようになります。そしてその結果として,過分のご親切と平和を一層多く享受するようになります。

      7 「過分のご親切」は「神および……イエスについての正確な知識」によってどのように増しますか。

      7 わたしたちは,エホバ神とイエス・キリストに喜ばれることを行なうときにのみ,神の助けと導きを引き続き得ることができます。わたしたちは罪深い人間ですから,自分の功績などありません。ですから,何事にせよ造り主がわたしたちのためにしてくださることは,造り主の過分のご親切の表われです。しかしそれでも,神の過分のご親切を受ける者になるかどうかは,わたしたちが天の父とそのみ子に似る者となるよう努力するかどうかにかかっています。わたしたちの側が実際にその努力をしているなら,神はわたしたちの願いを聞き届けてくださる,という全幅の信頼をおいてエホバ神に近づくことができます。

  • 「信仰」を得たのちも前進する
    ものみの塔 1980 | 8月1日
    • 8 「神および……イエスについての正確な知識」によって「平和」はどのように増しますか。

      8 わたしたちの天の父とそのみ子に関する知識が通り一遍のものではなく,豊富で完璧なものになれば,何がおふたりに喜ばれるものであるかをはっきり理解できるようになります。そしておふたりの友として親しい交わりを楽しみ,いつまでもおふたりと結びついていて,おふたりとの平和を保つことができます。したがって,エホバ神とそのみ子をより深く知るという点で進歩するなら,わたしたちはますます豊かな平和を楽しむようになります。それというのも,わたしたちの神とわたしたちの主イエス・キリストの示された模範に反するような態度や言葉,行動などを,以前に増して避けるようになるからです。

      9 罪を犯すことは,わたしたちと神との関係にどんな影響を及ぼしますか。

      9 その反面,もし罪を犯すなら,至高者のご意志に反する行動を取るのですから,至高者との平和を破壊することになるでしょう。わたしたちの心からの悔い改めと,キリストの犠牲がもたらす贖いの益に対するわたしたちの信仰とに基づいて神が赦してくださらないかぎり,その平和を回復することはできません。―ヨハネ第一 2:1,2。

      「神性の力」に動かされて行動する

      10 過分のご親切と平和がわたしたちに増し加えられるようにするのに何が役立ちますか。

      10 エホバ神とイエス・キリストは,いうまでもなく,わたしたちの享受する過分のご親切と平和が増し加わることを望んでおられます。それでわたしたちは,おふたりをよりよく知ることに大きな努力を払って,おふたりに協力しなければなりません。それをする一つの方法は,エホバ神がそのみ子を通してわたしたちのためにしてくださったことを,感謝を込めてよく考えてみることです。使徒ペテロは次のように書いています。「その神性の力が,栄光と徳とによってわたしたちを召されたかたについての正確な知識を通して,命と敬神の専念に関するすべての事がらをわたしたちに措しみなく与えたからです。またその栄光と徳とによって,貴く,しかもきわめて壮大な約束を惜しみなくわたしたちに与えてくださり,それによってあなたがたが,欲情のゆえに世にある腐敗から逃れて,神の性質にあずかる者となるようにされました」― ペテロ第二 1:3,4。

      11,12 (イ)「神性の力」と「正確な知識」が結びつけられているのはなぜですか(ロ)このことはテサロニケのクリスチャンの場合にどのように示されていますか。

      11 ペテロが「神性の力」と「正確な知識」とを結びつけているのに注目してください。これはきわめて適切と言えます。というのは,み子に関する神の言葉,すなわち音信である「良いたより」は,人々の生活に強い影響を与えうるからです。

  • 「信仰」を得たのちも前進する
    ものみの塔 1980 | 8月1日
    • 栄光が神のみ子と結びついているように,徳もみ子と結びついています。イエス・キリストはきわめて徳の高い,道徳的に卓越した方でした。裏切り者のユダ・イスカリオテでさえ,「わたしは義の血を売り渡して罪をおかした」と言いました。(マタイ 27:4)こうしてエホバは,み子に表われた「栄光と徳」とを通して人々をお召しになりました。

  • 「信仰」を得たのちも前進する
    ものみの塔 1980 | 8月1日
    • 使徒ペテロはこのように勧めています。「そうであればこそ,真剣な努力をつくして答え応じ,あなたがたの信仰に徳を,徳に知識を,知識に自制を,自制に忍耐を,忍耐に敬神の専念を,敬神の専念に兄弟の愛情を,兄弟の愛情に愛を加えなさい」― ペテロ第二 1:5-7。

      19 わたしたちは信仰あるいは信念を持つだけで満足すべきではないのです。天の父が信ずる力を与えてくださったことにこたえて,あるいはその結果として,わたしたちは自分に信仰がある証拠となる他の優れた特質も培っていかなければなりません。使徒ペテロはわたしたちに,神の子にいよいよ似る者となるよう『真剣な努力を払い』,持っている力を尽くして勤勉に励むことを勧めています。

      20 信仰に徳を加えるとはどういう意味ですか。

      20 信仰に徳を加えるということは,模範を残されたキリストに見倣って,徳性の高い者となるように努力するという意味でしょう。そういう徳,すなわち道徳的卓越性は積極的な特質です。この特質を持つ人は,仲間を害することを避けるにとどまらず,他の人の霊的,身体的,感情的必要にこたえて善を行なおうとします。徳は実際に積極的な善良さです。したがって徳性の高い人の生活は,神が非とされる性非行や汚れ,不正直その他の行為を避けるといった消極的な事柄だけによって見分けられるのではありません。西暦1世紀のパリサイ人は,「ほかの人びと,ゆすり取る者,不義な者,姦淫する者などのようで」ないことを誇りました。(ルカ 18:11)しかし彼らは一般の人々を軽べつし,彼らをあわれまず,気の毒とも思わず,同情することもしなかったので,徳の高い者とは言えませんでした。―マルコ 3:1-6。ヨハネ 7:47-49。

      21 知識を深めることはなぜ重要ですか。

      21 イエス・キリストの模範に見られる徳は,知識を離れては存在し得ません。正邪を見分けるには知識が必要です。(ヘブライ 5:14)また,ある特定の状況の下で積極的な善をどのように表現するかを検討するにも知識は欠かせません。(フィリピ 1:9,10)固い基礎に立つ信仰は,軽信と違い,知識によって動揺させられることはありません。ですから聖書の教えを守ることに勤勉であれば,信仰は強くなります。エホバ神とみ子に関する知識が増し加わるからです。

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