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  • 神を探し求めたアイザック・ニュートン
    ものみの塔 1977 | 7月15日
    • ニュートンは三位一体の教理と戦う

      ニュートンはその著作の中で,三位一体の教理に特に注意を払っています。当時の聖書学に対して非常に際立った貢献をなしたニュートンの著作の一つは,「二つの聖句の著しい変造に関する歴史的記述」です。それは,彼の死後27年を経た1754年に初めて出版されました。それは,二つの聖句,すなわちヨハネ第一 5章7節およびテモテ第一 3章16節に関して,古代の資料から入手し得る聖書原典上の証拠すべてを再調査したものです。

      ジェームズ王欽定訳聖書によれば,ヨハネ第一 5章7節は次のようになっています。

      「天において記録を帯びるものは三つ,父と言葉と聖霊である。この三つは一体である」。

      ニュートンは,初期の教会関係者の著作,ギリシャ語およびラテン語の写本,そして聖書の各初版の証拠を用いて,三位一体を支持するとされる,『天には父と言葉と聖霊がある。この三つは一体である』という言葉が霊感を受けたギリシャ語聖書原本に見られないことを証明しています。彼はさらにラテン語版に偽の異文が入り込んだいきさつをたどり,それがまず欄外の注として付され,後にはそれが本文そのものの中に入り込んだことを明らかにしました。そして,ヒメネス枢機卿が,ラテン語から改訂された後代のギリシャ語写本を根拠として,1515年に初めてこの語をギリシャ語本文の中に取り入れたことをも示しました。最後にニュートンはその聖句の意味と文脈に論及し,次のように締めくくっています。「ゆえに,意味しているところは平明かつ自然であり,論議は十全かつ強力である。しかし,『天にいる三者』」の証しをそう入するなら,この聖句の流れを中断し,台無しにしてしまう」。4

  • 神を探し求めたアイザック・ニュートン
    ものみの塔 1977 | 7月15日
    • 両方の聖句を要約して,ニュートンはこう述べています。「宗教上の最も大きな秘義について論じ合い,決定を下した際,古代の教会がこの聖句について全く知らなかったのであれば,その討論が終わってしまった今,どうしてそうした聖句をそれほど好んで使わねばならないのか理解しかねる」。5 アイザック・ニュートンがその論文をまとめてから200年余りの間に,彼の提示した証拠に筆を入れねばならなかった箇所は,ささいな点に関するものが数か所あったにすぎませんでした。ところが,これらの聖句を訂正した聖書翻訳がようやく現われたのは,19世紀になってからのことでした。次のページにニュートンの手書きの原稿の一部を,英国オックスフォードのボドレアン図書館のご好意により転載します。

  • 神を探し求めたアイザック・ニュートン
    ものみの塔 1977 | 7月15日
    • [434ページの囲み記事]

      三位一体の教理を論ばくする,ニュートンの「歴史的記述」の手書き原稿の一部

      influenced by it. So then by the unanimous consent of all the ancient and faithful Interpreters we have hitherto met with (who doubtless made use of the best Manuscripts they could get) the testimony of the three in heaven was not anciently in the Greek.

      And that it was neither in the ancient Versions nor in the Greek but was wholy unknown to the first churches is most certain by an argument hinted above, namely that in all that vehement universal and lasting controversy about the Trinity in Jeromes time and both before and long enough after it, this text of the three in heaven was never thought of. Tis now in every bodies mouth and accounted the main text for the business and would have been so then had it been in their books and yet it is not once to be met with in all the Disputes, Epistles, Orations and other writings of the Greeks and Latines (Alexander of Alexandria, the Council of Sardica Athanasius, Basil,

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