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「愛する者たちよ,……自分を神の愛のうちに保ちなさい」ものみの塔 1982 | 12月1日
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これらは分離を起こす者,動物的な人間であり,霊性を備えていません」。(ユダ 17-19)
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「愛する者たちよ,……自分を神の愛のうちに保ちなさい」ものみの塔 1982 | 12月1日
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6 神は,ご自分を愛する者たちの一致を保証されましたが,不敬虔なあざける者たちは何をしようとしましたか。
6 神はご自分を愛する者たちの一致を,ご自分の霊により保証されましたが,これらの不敬虔なあざける者たちは,「分離」あるいは「差別」を「起こす」ことを試み,エホバの民の中で分離させる業を行なおうと懸命でした。(ユダ 19,新世界訳,1950年版[英文]脚注。詩編 133:1-3。コリント第一 1:10)あざける者たちは会衆内の責任を担う忠実な人々を悪く言いましたが,不敬虔な者たちは,自分たちに益を与えることのできる人々への称賛を表わしました。(ユダ 8,16)彼らはパリサイ人と同様,会衆の謙遜で敬虔な成員を見下しました。主と共に集めるのではなく,散らそうとしたのです。今日でさえ,恐らく“聖書研究”という名目で不安定な人々を個人的なグループに引き込もうとする人がいます。そのような方法で,神とキリストとクリスチャン会衆に対する愛を促進することは決してあり得ませんでした。―ルカ 11:23。
7 「不敬虔な者たち」が「動物的」と言われたのはなぜふさわしいことですか。
7 これらの者たちが,「動物的」,あるいは「魂の特性を持つ」と呼ばれたのはふさわしいことです。彼らは肉体の感覚・欲求・傾向などに屈してしまう,意識ある被造物だからです。(王国行間逐語訳 19節と比較してください。)彼らは自分たちが霊的に啓発を受けていると考えていましたが,ユダは彼らについて,『霊性を備えていない』,あるいは文字通りには「霊」を持っていない,と表現しました。実際,これらの「動物的な人間」はエホバの霊を持たず,霊的な事柄を理解できず,理性のない獣のレベルを越えることはまずありませんでした。もしわたしたちがエホバの霊を持ち,「神の奥深い事柄」を理解するなら,わたしたちの天の父に深く感謝すべきです。―コリント第一 2:6-16。
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