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「愛する者たちよ,……自分を神の愛のうちに保ちなさい」ものみの塔 1982 | 12月1日
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8 「極めて聖なる信仰」という表現は,何に言及したものと思われますか。
8 ユダは次に熱心な懇願に移り,こう言います。
「しかし,愛する者たちよ,あなた方は,自分の抱く極めて聖なる信仰の上に自らを築き上げ,聖霊をもって祈ることにより,
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「愛する者たちよ,……自分を神の愛のうちに保ちなさい」ものみの塔 1982 | 12月1日
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ユダは,自分の慈しむ仲間の信者たちがエホバの愛のうちにとどまれる方法を優しく示しました。ユダの諭しに従うことには,神の霊の実である信仰を培うことが含まれるに違いありません。(ガラテア 5:22,23)しかし,ユダがその前のところで,『聖なる者たちに伝えられた信仰』のための戦い(3節)に触れていることからすると,「極めて聖なる信仰」とは,救いに関する良いたよりを含む,キリスト教の教えの全体を指していたのかもしれません。こうした真の信仰の土台はキリストであり,それが「極めて聖なる」と呼ばれているのは,その信仰が神聖の神に注意を向け,専ら神の聖なるみ言葉に基づいていたからです。―使徒 20:32。コリント第一 3:10-15。
9 『極めて聖なる信仰の上に自らを築き上げる』ため,わたしたちは何をすべきですか。
9 クリスチャンが「自分の抱く極めて聖なる信仰の上に自らを築き上げ(る)」,あるいはそれを強化するためには,個人としてまた会衆で神の言葉を勤勉に学ばなければなりません。仲間のエホバのクリスチャン証人と聖書をひんぱんに討議し,同時に他の人々に良いたよりをふれ告げることは,聖書がわたしたちの心に与える印象を深めます。しかし,このうちのどれも,熱烈な祈りなくしては達成できません。聖霊の影響力の下に,またエホバのみ言葉の中にある事柄と調和して祈る時,その人は「聖霊をもって祈る」ことになります。さらに,神の霊感の下に書かれた聖書は,祈る方法や祈りに際して求めるべき事柄をわたしたちに示しています。例えば,神の聖霊に満たされるように確信をもって祈ることができます。もしわたしたちが「聖霊をもって祈る」なら,その祈りは正しい心の状況,神に愛されるものであることを明らかにします。こうしてわたしたちは,会衆内に忍び込んでいるかもしれない「不敬虔な者たち」の見解のすべてを含む悪い影響から守られるのです。―ルカ 11:13。ローマ 8:9,26,27。
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