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「事を正そう」イザヤの預言 ― 全人類のための光 I
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善を行なうことを学び,公正を尋ね求め,虐げる者を正し,父なし子のために裁きを行ない,やもめの言い分を弁護せよ」。(イザヤ 1:16,17)ここには一連の九つの命令が述べられています。
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「事を正そう」イザヤの預言 ― 全人類のための光 I
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後半の五つはエホバの祝福を受けることにつながる積極的な行動です。
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「事を正そう」イザヤの預言 ― 全人類のための光 I
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12 (イ)『善を行なうことを学ぶ』のはなぜ重要ですか。(ロ)「公正を尋ね求め」,『虐げる者を正す』ようにという指示を,特に長老たちはどのように適用できますか。
12 イザヤ 1章17節でエホバが命令しておられる積極的な行動から,多くのことを学べます。エホバが単に「善を行なえ」とは言わずに,『善を行なうことを学べ』と述べておられることに注目してください。神の目から見て何が善であるかを理解し,それを行ないたいと思うようになるには,神の言葉の個人研究が必要です。さらにエホバは,単に「公正を行なえ」とではなく,『公正を尋ね求めよ』と述べておられます。経験を積んだ長老たちでさえ,込み入った問題において公正な道を見極めるには,神の言葉を徹底的に調べなければなりません。また,エホバが続いて命令しておられるように,『虐げる者を正す』のも長老たちの責任です。こうした指示は今日のクリスチャンの牧者にとっても重要です。「圧制的なおおかみ」から群れを守りたいと思っているからです。―使徒 20:28-30。
13 今日のわたしたちは,父なし子とやもめに関する命令をどのように適用できますか。
13 最後の二つの命令は,神の民の中でも弱い立場の人たち,つまり孤児とやもめに関するものです。世はそうした人たちをえじきにしがちですが,神の民の間ではそうであってはなりません。愛のある長老たちは会衆内の父親のいない子どもたちのために「裁きを行ない」,その子たちをえじきにしたり堕落させたりしようとする世にあって,公正と保護を得られるよう助けます。長老たちはやもめの「言い分を弁護」しますが,それはこのヘブライ語の別の意味によれば,その人のために「奮闘する」ことでもあります。実際,クリスチャンはみな,困窮している仲間に保護と慰めと公正を与える者になりたいと願っています。その人たちはエホバにとって貴重な存在だからです。―ミカ 6:8。ヤコブ 1:27。
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「事を正そう」イザヤの預言 ― 全人類のための光 I
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14 イザヤ 1章16,17節はどんな積極的なメッセージを伝えていますか。
14 これら九つの命令を通して,エホバは実に確固たる積極的なメッセージを伝えておられます。人は罪に巻き込まれると,自分には正しいことを行なう力が全くないと思い込むことがあります。そうした考え方は元気を失わせるだけでなく,間違いでもあります。エホバは,どんな罪人も神の助けにより罪深い歩みをやめ,身を転じて正しい事柄を行なうようになれることをご存じであり,わたしたちもそれを知るよう望んでおられます。
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