10章
「エホバの言葉は広まってい[った]」
ペテロが救い出され,迫害にもかかわらず良い知らせが広まっていく
1-4. ペテロはどのように追い詰められましたか。あなたが同じような目に遭ったら,どんな気持ちになりますか。
大きな鉄の門が,ガシャーンという音を立ててペテロの後ろで閉まります。ペテロは両脇にいるローマの兵士に鎖でつながれ,監房に連れていかれます。この監房で長い時間,おそらく何日も待ちます。自分がこれからどうなるかは分かりません。目に入るものといえば,牢屋の壁,鉄格子,鎖,見張りの兵士だけです。
2 ぞっとする知らせが届きます。王のヘロデ・アグリッパ1世がペテロを殺すと決めたというのです。a 王は過ぎ越しの後にペテロを民衆の前に引き出すつもりです。そこで死刑を宣言すれば民衆は喜ぶでしょう。これはただの脅しではありません。ヘロデはついこの間,使徒ヤコブを処刑したばかりです。
3 処刑の前日の晩,暗い監房の中で,ペテロはどんなことを考えているでしょうか。何年も前にイエスから言われたことを思い出しているでしょうか。拘束されて「望まない所に連れていかれ」る,つまり死ぬことになる,と言われていました。(ヨハ 21:18,19)ついにその時が来たか,とペテロは思ったかもしれません。
4 あなたがペテロと同じような目に遭ったら,どんな気持ちになりますか。絶望し,もう何もかも終わりだと感じるかもしれません。でも,イエス・キリストの後にしっかり従っている人には,絶望的な状況などありません。迫害に遭ったペテロと仲間たちの姿勢から,どんなことを学べるでしょうか。見てみましょう。
「会衆は……熱烈に神に祈っていた」(使徒 12:1-5)
5,6. (ア)ヘロデ王がクリスチャンを攻撃したのはどうしてですか。どんなことをしましたか。(イ)ヤコブが死んで,会衆が大きな喪失感に包まれたのはどうしてですか。
5 前の章で見たように,異国人コルネリオの家族がクリスチャンになったのは素晴らしい出来事でした。でもこれは,クリスチャンではないユダヤ人にとっては不快なことでした。異国人がユダヤ人のクリスチャンと一緒に神を崇拝するようになったからです。
6 ずる賢いヘロデ王は,ユダヤ人に気に入られようとして,ここぞとばかりにクリスチャンを攻撃し始めます。使徒ヤコブがイエス・キリストと特に親しかったことを知っていたのでしょう。「[ヘロデ王は]ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した」とあります。(使徒 12:2)会衆は大きな喪失感に包まれました。ヤコブは,イエスの姿が変わって輝いたのを見た3人のうちの1人でした。ほかの使徒たちが見ていない奇跡も見ました。(マタ 17:1,2。マル 5:37-42)とても熱い人だったので,ヤコブは兄弟のヨハネと一緒にイエスから「雷の子たち」と呼ばれました。(マル 3:17)会衆は,みんなから愛される,勇敢で信頼できる仲間を失ったのです。
7,8. ペテロが牢屋に入れられていた時,会衆の人たちは何をしましたか。
7 ヘロデの思惑通り,ユダヤ人たちはヤコブの処刑を喜びます。いい気になったヘロデは,今度はペテロだと考え,冒頭で見たように牢屋に入れます。しかし,5章で見たように,使徒たちの場合,牢屋に入れるだけでは安心できません。ヘロデはそのことを思い出したのでしょう。念には念を入れて,ペテロを2人の兵士に鎖でつなぎ,16人の兵士に交代で昼も夜も監視させました。ペテロに逃げられたら,兵士たちがペテロの刑を受けます。この危機的な状況で,仲間のクリスチャンには何かできることがあるでしょうか。
8 仲間たちは何をすべきかをよく分かっていました。使徒 12章5節にはこうあります。「ペテロは牢屋に入れられていたが,会衆はペテロのために熱烈に神に祈っていた」。会衆の人たちは愛する兄弟ペテロのために,心から熱烈に祈っていました。ヤコブが処刑されても絶望しておらず,祈っても無駄だと考えたりもしませんでした。私たちが祈るかどうかは,エホバにとってとても大きなことです。私たちが伝える願いがエホバの望んでいることなら,聞き届けてくれます。(ヘブ 13:18,19。ヤコ 5:16)これはぜひ覚えておきたい大切なことです。
9. ペテロのために祈った仲間たちから,どんなことを学べますか。
9 あなたには,苦しい目に遭っている仲間がいますか。迫害を受けていたり,活動が禁止されていたり,自然災害に見舞われていたりするかもしれません。そういう仲間のために,心から祈るのはどうでしょうか。ほかの身近な問題に悩んでいる仲間もいるかもしれません。家族から反対されたり,奉仕を続けていくのが大変だと感じていたりするかもしれません。祈る前に仲間のことを考えてみると,名前を挙げて祈りたい人がたくさん思い浮かぶはずです。「祈りを聞く方」エホバに,その人たちのことを話しましょう。(詩 65:2)自分がつらい時には,仲間に自分のことを祈ってもらいたいと思うのではないでしょうか。そう考えると,ぜひ仲間のために祈ろうという気持ちになります。
「後に付いてきなさい」(使徒 12:6-11)
10,11. 天使はどのようにペテロを救い出しましたか。
10 ペテロは最後の夜,自分は死ぬんだという不安でいっぱいだったでしょうか。どう感じていたかは分かりませんが,見張りの兵士2人の間で眠っていました。強い信仰があったので,明日どうなるとしてもエホバが一緒だと思っていたのでしょう。(ロマ 14:7,8)いずれにしても,その晩に起きた,驚くような出来事は予想していなかったはずです。突然,光が監房の中を明るく照らします。天使が現れ,急いでペテロを起こします。兵士たちには天使が見えないようです。そして,両手を縛っていた重い鎖が外れ,するりと落ちます。
11 天使はペテロに次々と指示します。「早く立ちなさい!」,「支度をし,サンダルを履きなさい」,「外衣を着[なさい]」。ペテロはすぐ言われた通りにします。そして,天使から「後に付いてきなさい」と言われ,そうします。監房を出て,外に立つ見張りのそばを通り,鉄の門にそっと向かいます。この大きな門をどうやって通り抜けるのでしょうか。心配は要りません。近づくと,門が「ひとりでに開[きました]」。気付いた時には,もう門を抜けて通りに出ていました。天使は消えていなくなります。1人になったペテロは悟ります。「これは幻ではない。現実に起きたことだ」。自由になったのです。(使徒 12:7-11)
12. エホバの救い出す力について考えると,勇気が湧いてきます。どうしてですか。
12 エホバには,どんなに危機的な状況からも救い出す力があります。そう考えると,勇気が出てくるのではないでしょうか。ヘロデ王の後ろには史上最強の帝国が付いていました。そのヘロデに牢屋に入れられても,ペテロは軽々と門から出てきました。エホバはみんなにそういう奇跡を起こすわけではありません。ヤコブの時にはしませんでしたし,ペテロについても別の時にはそうせず,イエスが言っていた通りになりました。現代のクリスチャンも,奇跡的な救出は期待しません。それでも,エホバは変わっていないことを忘れないようにしましょう。(マラ 3:6)信仰のために命を落とすかもしれませんが,エホバはもうすぐイエスに命じて,そうやって亡くなった人みんなを生き返らせてくれます。牢屋から助け出すよりもはるかにすごいことをしてくれるのです。そう考えると,闘う力が湧いてきます。(ヨハ 5:28,29)
「ペテロがいたので非常に驚いた」(使徒 12:12-17)
13-15. (ア)マリアの家にいた人たちは,ペテロが来た時どうしましたか。(イ)「使徒の活動」にはこの先,主にどんなことが書かれていますか。ペテロはその後もどうしていったと考えられますか。
13 ペテロは暗い通りに立ち,どこに行くべきか考えます。そして,ふと思い出します。近くにマリアというクリスチャンの女性が住んでいます。余裕のある暮らしをしているやもめだったようで,会衆が集まれるほどの大きな家に住んでいます。息子はヨハネ・マルコで,ペテロからわが子のように愛されるようになった人です。「使徒の活動」ではここで初めて言及されています。(ペテ一 5:13)その夜,遅い時間にもかかわらず,会衆の多くの人がマリアの家に集まり,熱烈に祈っていました。ペテロを助けてくださいと祈っていたはずです。その祈りは期待をはるかに上回る形で聞き届けられます。
14 マリアの家に着いたペテロは,家の庭に通じる門の戸をたたきます。ロダ(よくあるギリシャ語名で「バラ」という意味)という召し使いの女性が出ていきます。ロダは耳を疑います。ペテロの声です。驚いたロダは門も開けず,ペテロを残したまま家の中に走っていきます。ペテロが来ているとみんなに言いますが,気がおかしくなったと思われ,信じてもらえません。それでもロダは諦めず,間違いないと言い張ります。それに押され,ペテロの代理の天使が来ているんだと言う人も出てきます。(使徒 12:12-15)その間,ペテロはずっと戸をたたいていました。会衆の人たちはようやく,門を開けに出ていきます。
15 門を開けた人たちは,そこに「ペテロがいたので非常に驚」きました。(使徒 12:16)みんな大喜びです。ペテロはまずみんなを落ち着かせてから,何が起きたかを話します。そして,弟子ヤコブと兄弟たちに知らせるようにと言い,兵士たちに見つからないうちに出ていきます。その後,ペテロはもっと安全な場所で奉仕しました。この先,「使徒の活動」では,割礼の問題が出てくる15章以外にはペテロが出てきません。主に,使徒パウロの活動や宣教旅行について記録されています。とはいえ,ペテロは行った先々で兄弟姉妹の信仰を強めたに違いありません。いずれにしても,旅立つペテロを見送った人たちの心は喜びでいっぱいだったはずです。
16. 将来の幸せが想像をはるかに超えたものになる,といえるのはどうしてですか。
16 エホバは時々,信じられないようなうれしい経験をさせてくれます。その夜,ペテロの仲間たちはそういう経験をしました。今でも,エホバはうれしいサプライズを起こしてくれることがあります。(格 10:22)そしてやがて,エホバの約束通り,世界中が平和になり,みんなが幸せに暮らせるようになります。その時の喜びは,今私たちが考えているよりもずっとずっと大きなものになるはずです。エホバに仕え続けていれば,その明るい未来を楽しみにしながら毎日を過ごせます。
「エホバの天使がヘロデを打った」(使徒 12:18-25)
17,18. どんないきさつがあって,群衆はヘロデの声を「神の声だ」と言いましたか。
17 ペテロが牢屋から抜け出したことは,ヘロデにとっても驚きでした。でも,うれしい驚きでは全くありません。ヘロデはすぐにペテロの徹底捜索を命じます。そして,見張りの兵士たちを取り調べ,「処罰のために引いていくようにと命令し」ます。兵士たちは処刑されたと思われます。(使徒 12:19)ヘロデ・アグリッパには同情や憐れみのかけらもありません。この残酷な王はいつか処罰されるでしょうか。
18 ヘロデにとって,ペテロを処刑できなかった屈辱感をなだめ,プライドを取り戻すチャンスがやってきます。敵対関係にあった町の人たちが和平を求めてきたため,ヘロデはその機会に群衆に向かって演説しようと考えます。ルカの記録にある通り,そのために「王の服をまと[い]」ました。ユダヤ人の歴史家ヨセフスによれば,その服は銀でできていたので,光が当たると,ヘロデが輝いているように見えました。王は自信たっぷりに演説を始めます。聞いている人たちは,王にこびて,こう言います。「神の声だ,人の声ではない!」(使徒 12:20-22)
19,20. (ア)ヘロデがエホバに処罰されたのはどうしてですか。(イ)ヘロデの死についての記録は,どんな大切なことを思い起こさせますか。
19 神だけがそういう称賛を受けるべきであり,神は見ていました。ヘロデは反応によっては,災難を逃れられたかもしれません。群衆の発言を正すか,少なくとも否定することはできました。でも,そうしなかったため,格言にある通り,ヘロデの「誇りは崩壊につながり」ました。(格 16:18)「たちまちエホバの天使がヘロデを打」ち,おぞましい最期を迎えます。「虫に食われて死んだ」のです。(使徒 12:23)ヨセフスも,アグリッパが突然に打たれたことを書いています。さらに,同じ記録によれば,王は,こびる群衆の言葉を受け入れたために死ぬということを自覚していたようです。アグリッパは5日間苦しんだ末に息絶えたと記録されています。b
20 いっときのヘロデのように,悪い人たちが罰せられずに悪いことを続ける場合もあります。「全世界は邪悪な者の支配下にあ[る]」ので,それも意外なことではありません。(ヨハ一 5:19)とはいえ,クリスチャンでも,悪い人たちが放置されているように思えて,心が乱されることがあるかもしれません。そういう時,エホバが行動を起こした記録を振り返ると,穏やかな気持ちになれます。エホバは正義の神で,悪い人をいつまでも放っておくことはしません。(詩 33:5)やがて必ず,悪は正されます。
21. 使徒 12章から学べる一番大事なことは何ですか。どんなことを確信できますか。
21 使徒 12章の終わりの部分には,前向きなことが書かれています。「エホバの言葉は広まっていき,さらに多くの人が信じた」。(使徒 12:24)こういう伝道の成果について読むと,現代の活動についても考えさせられます。私たちの伝道もエホバが成功させてくださっています。使徒 12章は,1人の使徒が死んで,もう1人の使徒が難を逃れた,というだけの記録ではありません。エホバについての記録です。エホバは,サタンの攻撃からクリスチャン会衆を守りました。サタンが何をたくらんでも,会衆がつぶされることも伝道が止められることもありませんでした。そういうたくらみは全部失敗します。(イザ 54:17)一方,エホバやイエス・キリストと一緒に行う活動は決して失敗しません。伝道して「エホバの言葉」を広められるというのは本当に素晴らしいことです。
a 「ヘロデ・アグリッパ1世」という囲みを参照。
b ある医師は,ヨセフスとルカが記した症状は,致死的な腸閉塞を引き起こす回虫によるものではないか,と書いています。そうした虫は吐き出されることがあり,患者が死ぬと遺体からはい出てきます。「医師ルカの専門家としての正確な記述は,[ヘロデの]死の恐ろしさを明らかにしている」と,ある文献には書かれています。