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あなたの業は火に耐えますかものみの塔 1998 | 11月1日
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各人の業は明らかになります。その日がそれを示すのです。それは火によって表わし示されるからです。まさにその火が,各人の業がどんなものかを証明するのです」。(コリント第一 3:12,13)
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あなたの業は火に耐えますかものみの塔 1998 | 11月1日
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11 そうした建物は火事になったらどうなるでしょうか。答えは,パウロの時代にも今の時代と同じほど明白でした。実際,コリントの町は,西暦前146年にローマの将軍ムンミウスに征服されて火を掛けられたことがありました。木材,干し草,刈りわらなどで作られていた多くの物は,すっかり焼けてなくなったに違いありません。銀や金で装飾を施された頑丈な石造りの建物はどうだったでしょうか。恐らく,残存したでしょう。コリントにいたパウロの研究生たちは,そのような建物のそばを毎日通っていたことでしょう。それらは,近隣にあった耐久性のない建物を全滅させた,かつての災難の時にも持ちこたえた,見事な石造りの建物でした。ですから,パウロは言いたいことを実に鮮やかに述べていたのです。わたしたちも,教える際には自分を建築者のようにみなす必要があります。できる限り最善の,最も耐久性のある資材で作業をしたいと思います。そのようにすれば,自分の業が永続する可能性は大きくなります。それら耐久性のある資材とは何でしょうか。また,それを用いることが肝要なのはなぜでしょうか。
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あなたの業は火に耐えますかものみの塔 1998 | 11月1日
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そのような建物は「火」を切り抜けられません。パウロはどんな火のことを言っていたのでしょうか。
13 パウロの例えで言われている火は何を表わしていますか。クリスチャンは皆,何を知っているべきですか。
13 わたしたちすべてが生活の中で直面する一種の火があります。すなわち,信仰の試みです。(ヨハネ 15:20。ヤコブ 1:2,3)コリントのクリスチャンは,自分が真理を教える相手の人はみな必ず試される,ということを知っていなければなりませんでした。このことは今日のわたしたちも知っておかなければなりません。教え方がずさんだと,残念な結果になるかもしれません。
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