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  • ベテル
    聖書に対する洞察,第2巻
    • アブラハムはカナンに入ると,シェケムに滞在してから南方の「ベテルの東の山地」に移り,『ベテルを西,アイを東にして天幕を張り』ました。(創 12:8)カナンで飢きんが生じたためにしばらくエジプトで過ごした後,アブラハムはおいのロトと一緒に再びベテルの東に住み着きました。アブラハムはどちらの場合もベテルの東に天幕を張っているので,彼の宿営した場所はベイティンから南東へわずかに隔たったブルジ・ベイティンではないかと言われています。そこは「パレスチナでも非常に見晴らしのきく場所の一つ」と評されてきました。(ビブリカ百科全書,T・K・チェーン編,ロンドン,1899年,第1巻,第552欄)アブラハムがロトに,自分と別れた後に行く方向を選ぶよう勧めたのは,そのような見晴らしのきく地点からのことだったのかもしれません。その結果,ロトは「目を上げて“ヨルダン地域”全体を見」,その地域を取ることにしました。(創 13:8-11)その後,エホバはアブラハムに四方の土地を見渡すようお勧めになり,それが彼とその胤の相続地となることを保証されました。―創 13:14,15。

  • ヨルダン地域
    聖書に対する洞察,第2巻
    • ヨルダン地域

      (ヨルダンちいき)(District of the Jordan)

      ヨルダン川が流れ込むほぼ円形の盆地もしくは楕円形の地域。ソロモンがスコトとツァレタンの間で行なわせた銅の鋳造作業に関連して「ヨルダンの地域」が言及されていることから分かるように,この地域にはヨルダン渓谷の下流域が含まれています。(王一 7:46; 代二 4:17。サム二 18:23と比較。)しかし,その「地域」は死海の南の外れにまで及んでいたらしく,そこに「その地域の諸都市」があったようです。(創 13:10-12)したがって,同地域はエリコの谷あいの平原を含むだけでなく,ロトとその娘たちが逃れて行った都市ゾアルにまで達していました。―創 19:17-25; 申 34:3。

      死海の南端で行なわれた調査の結果は,リサーンと呼ばれる岬以南にあった土地のかなりの部分がこの海の水で覆われてしまったことを示唆しています。多くの学者は,「その地域の諸都市」がこのあたりに水没していると考えています。そこはかつては「よく潤って」いて,「エホバの園」のようでした。(創 13:10)今日モアブの平原とエリコのオアシスだけがかなり肥沃な状態をとどめている死海北部だけでなく,この地域の南部においてもそうだったのです。今日でさえ,リサーン付近の平野は“永年のオアシス”として描写されており,そこでは大麦,小麦,ナツメヤシ,およびぶどうが栽培できます。死海の南の外れに流れ込むゼレド川のデルタ地帯も“豊かなオアシス”と呼ばれています。

  • エジプト,エジプト人
    聖書に対する洞察,第1巻
    • ナイル川はエチオピアの山岳地やその近隣の地に源を発しています。その地域では季節的にナイル川を増水させるほど十分の雨が降り,エジプトでは毎年7月から9月にかけてナイルの両岸にあふれる洪水を引き起こしました。(アモ 8:8; 9:5と比較。)その洪水により,かんがい用の運河や溜め池に水が供給されただけでなく,貴重な沈泥がたい積して土壌が肥沃になりました。ナイル渓谷はデルタ地帯と共に非常に肥沃だったので,ロトの眺めた,よく潤されたソドムとゴモラの地域は「エホバの園のよう,エジプトの地のよう」であると言われました。(創 13:10)しかし,洪水による浸水の程度は一様ではありませんでした。その程度が小さいと,産出量は少なく,その結果,飢きんが起きました。(創 41:29-31)ナイル川のはんらんが全く起きないということは,第一級の災害であり,国土が不毛の荒れ地に一変することを意味しました。―イザ 19:5-7; エゼ 29:10-12。

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