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アシュテロト・カルナイム聖書に対する洞察,第1巻
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アシュテロト・カルナイム
(Ashteroth-karnaim)
エラムの王ケドルラオメルがレファイムを撃ち破った場所。(創 14:5)ある人たちは,これがアシュタロテの正式名で,付け加えられている「カルナイム」(角)という語は,女神アスタルテの象徴である三日月の両端の角,もしくはこの町に隣接する一対の峰を指すと考えています。しかし,この名称は「カルナイムのそばのアシュテロト」という意味であり,それゆえにアシュタロテ市に言及するもので,カルナイムは別の町ではあるものの隣接する町として言及したものではないかとも言われています。カルナイムのあった場所は,アシュタロテの遺跡として一般に認められている場所(テル・アシュタラ)の付近にあるシーク・サアドであろうと考えられています。―「アシュタロテ」を参照。
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ハム聖書に対する洞察,第2巻
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2. ヨルダン川の東側にあったズジム人の都市。(創 14:5)エラムの王が他の3人の王と連合して,死海周辺地域の諸都市の反逆を鎮圧した時に,この都市も敗北を被りました。(創 14:1-12)創世記 14章5,6節に列挙されている順序からすると,ハムはアシュテロト・カルナイムの南,シャベ・キルヤタイムの北に位置していたものと思われます。この都市の名称は,ワディ・エ・レジェーレ(別名ワディ・ハム)にある現在のハムという村の名前に保存されています。その村は,アジュルーンのイルビドのおよそ6㌔南南西,ガリラヤの海の南端からおよそ30㌔南東に位置しています。古代の都市そのものは付近の遺丘<テル>(テル・ハム)にあったようです。
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