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  • ハガル
    聖書に対する洞察,第2巻
    • ハガルはベエル・シェバの荒野をさまよいました。「ついに……水は尽き,彼女はその子供を一つの茂みの下に投げ出し」ました。イシュマエルが「子供」と言われているのは,年齢を錯誤したためではありません。ここで「子供」と訳されているヘブライ語のエレドという言葉には「若者」という意味もあり,創世記 4章23節ではそのように訳されているからです。イシュマエルが一つの茂みの下に投げ出されたという点について言えば,イシュマエルは「しまうまのような人」になると予告されていましたが,十代のころにはあまり強くなかったのかもしれません。(創 16:12)それで,多分イシュマエルが最初に力尽きたため,母親がイシュマエルを支えなければならなかったのでしょう。それは考えられないことではありません。というのは,当時の女性,特に奴隷女は日ごろ重い荷を運ぶことに慣れていたからです。そのうちにハガルも力尽きたため,息子を支えるのをやめなければならなくなり,避け所となるすぐ近くの茂みの下に息子を恐らくやや乱暴に置いたようです。ハガル自身は,息子から「弓を射れば届くほどの所に」(ヘブライ語の慣用表現で,弓を射る者がふつう標的との間に置いた距離を指す)座りました。―創 21:14-16。

  • イシュマエル
    聖書に対する洞察,第1巻
    • ハガルはベエル・シェバの荒野で道に迷ってしまったようです。そのため,水がなくなり,イシュマエルが疲れ果てた時,「彼女はその子供を一つの茂みの下に投げ出し」ました。(創 21:14,15)『子供を投げ出した』というこの表現は,イシュマエルが腕に抱かれた赤ん坊であったことを意味してはいません。ヘブライ語のエレド(子供)という言葉は,必ずしも幼児を指すわけではなく,青年期の男子や若者に当てはめられている場合も少なくありません。それで,若者ヨセフ(当時17歳)のことが,「その子に[ヴァイエレド]罪をおかしてはいけない」というルベンの抗議もむなしく奴隷として売られた,と述べられているのです。レメクも同様に,「(ある)若者[エレド]」が自分に傷を負わせたことについて述べました。―創 42:22; 4:23。代二 10:8も参照。

      また,子供を「投げ出した」ハガルの行為も,彼女が疲れた子を支えていたであろうとは思われますが,その子を腕に抱えていたとか,背負っていたなどということを意味するものではありません。きっとハガルは,支えることを急にやめたのでしょう。それは,足のなえた人や病弱な人をイエスのところに連れて来て「それらの人を彼の足もとに投げ出さんばかりにして置いた」人たちがしたことと同じです。―マタ 15:30。

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