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怒り聖書に対する洞察,第1巻
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怒りは正当な場合でも,制御されないなら危険であり,悪い結果をもたらします。シメオンとレビにとっては,妹のディナがヒビ人シェケムに犯されたのですから,彼に対して憤るのももっともなことでした。しかし,シェケムの地に住んでいたすべての男を無慈悲に殺りくしたのは,加えるべき罰としては度の過ぎたことでした。そのため,父ヤコブは彼らの無制御な怒りを糾弾し,その怒りを呪いました。(創 34:1-31; 49:5-7)人は非常に腹立たしく思った時に,自分の怒りを制御すべきです。地上で最も柔和な人だったモーセは,イスラエル人の不平や反逆的傾向にいら立って怒りに任せた言動をし,エホバを聖なるものとしなかったため,罰せられました。―民 12:3; 20:10-12; 詩 106:32,33。
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ひざ腱を切る聖書に対する洞察,第2巻
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四足獣のひざ腱とは,後脚の飛節の上の後ろ腱のことです。ひざ腱を切るとは,これらの腱を切る行為で,その動物をかたわにし,仕事や戦いで使えないようにすることです。ヤコブの息子シメオンとレビの横暴さは,彼らがシェケムのヒビ人たちに復しゅうした時のことと思われますが,雄牛のひざ腱を切るという行為になって現われました。(創 49:5,6)イスラエル人は戦いでの作戦の一環として,敵の馬のひざ腱を切りました。ある時には,ヨシュアはそうするようエホバから特別に指示されました。(ヨシュ 11:6,9; サム二 8:3,4; 代一 18:3,4)これは馬を戦いから排除する最も簡単な方法でした。馬はこのようにして不具にされた後,殺されて,戦車と一緒に処分されたに違いありません。イスラエル人は,敵の馬を自分たちのものにしたり,その後の戦いに用いたりしないなら,エホバではなく馬に保護を求めるというわなに陥らないよう守られたことでしょう。―申 17:16; イザ 31:1,3と比較。
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