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    聖書に対する洞察,第1巻
    • 『クシュの地』 『クシュの地』は創世記 2章13節で,元は『エデンから発する川』の四つの頭の一つであるギホン川が巡っていた地として言及されていますが,その地がどこにあったかは定かではありません。(創 2:10)セプトゥアギンタ訳の翻訳者たちは,この聖句に出て来るヘブライ語の「クシュ」に相当する言葉の訳語としてギリシャ語のエチオピアという名称を当てました。初期の時代にクシュという名は古代エチオピアと同義語のようになっていたとはいえ,創世記 2章13節の場合も必ずそうであると専断的に言うことはできません。ヨセフスはセプトゥアギンタ訳に倣い,ギホン川をナイル川と結び付けています。(ユダヤ古代誌,I,39 [i,3])しかし,ギホン川がユーフラテス川やチグリス川と水源を共有していたことからすれば,全地球的大洪水がその一帯の地形を極端に変化させたと想定するのでない限り,そのように同定する余地はないように思われます。

      そのため,創世記 2章13節の「クシュ」という語を,アッシリアの碑文に出て来る,中央アジアの高原地帯に住む起源不明の民族であるカッス人またはカッシート人と結び付ける学者もいます。近東研究ジャーナル(1959年,第18巻,49-53ページ)のP・イングリッシュによる記事は,古代に肌の色が濃い人々が黒海の南東の隅の沿岸地方に,後にはさらに北方のコーカサス地方に住んでいたことを示す証拠を提出しています。そして,それらの諸部族が住んでいたアブハジアおよびハザリアという地名と聖書のクシュとの間に関連があるのではないかと述べています。創世記 2章13節のクシュに言及した部分が,クシュ人の主要な集団と共に南へ移住せず,前述の小アジアの地方に定住したクシュ人諸種族の一部の分かれに当てはまり得ることは言うまでもありません。

      さらに,ハバクク 3章7節では「クシャン」という名が「ミディアンの地」に対応させて用いられており,ミディアンは大体アカバ湾の近くに位置していたので,ギホンの巡っていた『クシュの地』はアラビア半島にあったのではないかと考える人たちもいます。モーセの妻でミディアン人のチッポラが「クシュ人」と呼ばれているのは,恐らくそのようなアラビアの「クシュ」と関係があったためかもしれません。―出 18:1-5; 民 12:1。

  • エデン
    聖書に対する洞察,第1巻
    • エデンの位置 エデンの園がもともとどこにあったかについては推定の域を出ません。その地理上の位置を見極めるおもな手がかりは,川が「エデンから発して」,その後四つの「頭」に分かれ,ユーフラテス,ヒデケル,ピションおよびギホンという名の川を生じさせていたという聖書の記述です。(創 2:10-14)ユーフラテス川(ヘ語,ペラート)はよく知られており,「ヒデケル」は古代の碑文の中でチグリス川に対して使われている名称です。(また,ダニ 10:4と比較。)しかし,他の二つの川,すなわちピションとギホンは確認されていません。―「クシュ」2項; 「ハビラ」1項を参照。

      カルビンやデリッチなど一部の人々は,下部メソポタミアのペルシャ湾の湾頭付近,チグリス川とユーフラテス川の接近する辺りのどこかがエデンの位置ではないかと論じてきました。そうした人々は,ピションとギホンをこの二つの川の間を結ぶ運河と関係づけてきました。しかし,そうなると,これらの川は一つの源から分かれ出る分流ではなく,本流に注ぎ込む流れであることになります。むしろ,ヘブライ語の本文は,メソポタミア平原の北にある山岳地帯,すなわちユーフラテス川とチグリス川が現在その源流を有する地域のどこかを指し示しています。それで,アンカー・バイブル(1964年)は,創世記 2章10節に関する注解の中で,「ヘブライ語では,河口は『終端』と呼ばれる。(ヨシュ 15:5,18:19)したがって,ローシュつまり『頭』の複数形はここでは上流を指しているに違いない。……この後者の用法は,同じ語源を有するアッカド語のレーシュについても裏付けられている」と述べています。ユーフラテス川とチグリス川が現在一つの源から出ていないこと,およびピション川とギホン川に当たるものを確定できないことは,恐らくノアの洪水の影響によるものとして説明できるでしょう。その洪水によって,ある川の通り道は埋まり,他の川が造り出されるなど,地形に大きな変化が生じたに違いありません。

  • ギホン
    聖書に対する洞察,第1巻
    • 1. エデンから流れ出た川から枝分かれした四つの川の一つで,「クシュの全土を巡る」と描写されている川。(創 2:10,13)今日,どの川がこれに相当するのか,はっきり見定めることはできません。少なくとも地理的な観点からして,ここで言及されている『クシュの地』が,後代の記述の中でしばしば『クシュの地』と呼ばれているエチオピアを表わしているとは思われません。『クシュの地』とは,バベルで言語が混乱して人々が離散する以前にクシュが占有していた地のことを指すと考えることもできます。(創 11:9)中にはギホンを,ヴァン湖の北西の山脈に端を発し,カスピ海に流れ込むアラクセス川(現在のアラクス川)と結び付けて考えようとする人たちもいます。一部の辞書編集者たちは,創世記 2章13節の『クシュの地』をカッシート人(アッカド語,カッス)と関連づけています。中央アジアの高原に住んでいたこの民族のことは,古代の楔形文字の碑文の中で触れられてはいるものの,その民族の歴史についてはいまだに何もはっきりしたことは分かっていません。(「旧約聖書辞典」,L・ケーラー,W・バウムガルトナー共編,ライデン,1958年,429ページ; 「旧約聖書ヘブライ語-英語辞典」,ブラウン,ドライバー,ブリッグズ共編,1980年,469ページ)もう一つの説明としては,ハバクク 3章7節で示されているように,アラビア半島にいた一部のアラビア人がクシまたはクシームと呼ばれていたことに注目できます。その聖句では,クシャンがミディアンの類語として挙げられています。恐らく同じ場所か近隣の地を指すのでしょう。ですから,様々な可能性はありますが,全地球的大洪水の結果として地表に明らかな地勢上の変化が生じたため,明確な結論を出すことはできません。―「クシュ」2項を参照。

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