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ヤペテ聖書に対する洞察,第2巻
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ヤペテとその妻は箱船に住んだ8人の中に入っており,そのようにして大洪水を生き残りました。(創 7:13; ペテ一 3:20)大洪水が終わるまで子供はいませんでしたが,その後,ゴメル,マゴグ,マダイ,ヤワン,トバル,メシェク,およびティラスという7人の息子をもうけました。(創 10:1,2; 代一 1:5)これらの息子から,また幾人かの孫からも,「諸国の島々の民[「海沿いの地帯の諸民族」,改標]が,各々その国語にしたがい,種族にしたがい,国民ごとにそれぞれの土地に広が(り)」ました。(創 10:3-5; 代一 1:6,7)歴史的には,ヤペテはアーリア人,すなわち人類のうちインド・ヨーロッパ(インド・ゲルマン)語族の祖先です。ヤペテの子や孫たちの名は古代の歴史上のテキストに,おもに肥沃な三日月地帯の北と西に住む諸民族や諸部族と関連するものとして出ています。それらの人はコーカサスから東は中央アジアまで,また西は小アジアを通ってヨーロッパの島々や海沿いの地帯および,恐らくはるかスペインにまで広がったようです。アラビア人の伝承によると,ヤペテの息子の一人は中国人の祖先であったとも言われています。―第1巻,329ページの図表と地図を参照。
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ヤワン聖書に対する洞察,第2巻
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ヤワン
(Javan)
4番目に記載されている,ヤペテの子で,エリシャ,タルシシュ,キッテム,ドダニム(または,ロダニム)の父。ノアの大洪水後の子孫として,これらの人は「諸国の島々」に住んだ者たちに含まれていますが,この句は海に囲まれた島だけではなく,海沿いの地帯をも指すことがあります。(創 10:2,4,5; 代一 1:5,7)歴史上の証拠によれば,ヤワンとその4人の息子の子孫は,キプロス(キッテム)から地中海西部までの地中海の島々や海沿いの地帯に移住したことが分かります。―「エリシャ,II」; 「キッテム」; 「タルシシュ」1項; 「ドダニム」を参照。
ヤワン(ヘ語,ヤーワーン)は古代イオニア人の祖先であるとされており,イオニア人のことを「ギリシャ人の祖先の部族」と呼ぶ人もいます。(「旧約聖書注解」,C・F・カイルおよびF・デリッチ共著,1973年,第1巻,『モーセの第一の書』,163ページ)詩人ホメロス(恐らく,西暦前8世紀の人)は初期のギリシャ人を指してイアオネスという名称を使いましたし,サルゴン2世(西暦前8世紀)以来,ヤワヌという名称がアッシリアの碑文に出て来るようになります。
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