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エジプトからの脱出聖書に対する洞察,第1巻
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エジプトからの脱出
エホバはモーセに,ファラオの前に出てエホバの名によって語り,『わたしの民を去らせよ』と告げるよう指示を与えました。(出 5:1)ファラオはそれを拒みました。ファラオは奴隷の国民を失うことを望みませんでした。それだけでなく,ファラオは,エホバをまことの神としては知りませんでした。つまりそのことを認めようとはしませんでした。(出 5:2)ファラオはエジプトの神々を崇拝し,自分自身を神とさえ考えていました。こうして,まことの神はだれかという論争点が前面に提起されました。エホバは十の災厄によって「エジプトのすべての神々に対して」裁きを執行され,その結果イスラエルは解放され,エホバこそ生けるまことの神である証拠が示されました。―出 12:12。
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エジプト,エジプト人聖書に対する洞察,第1巻
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宗教 エジプトは極端に宗教的な土地で,多神教が盛んに行なわれていました。どの都市や町にもそれぞれ,「都市の主」という称号を持つ,独自の土地の神がありました。トトメス3世の墳墓で見つかった一覧表には,およそ740柱の神々の名が載せられています。(出 12:12)多くの場合,それらの神は女神と結婚している者として表わされており,女神は一人の息子を産み,「こうして三つ組の神,もしくは三位一体を構成していたが,それでもその三位一体の中で父は必ずしも長ではなく,時には女王の夫君の役割に甘んじていることもあり,女神がその土地の主神の地位にとどまって」いました。(新ラルース神話百科事典,1968年,10ページ)主神はそれぞれ,一般の人々には公開されない神殿に住んでいました。それぞれの神は神官たちにより崇拝され,神官たちは毎朝,賛歌によって神を目覚めさせ,水浴をさせ,服を着させ,“食事をさせ”,その他様々な奉仕を神に対して行ないました。(詩 121:3,4; イザ 40:28と対比。)この点で,神官たちはファラオの代表者を務めていると考えられていたようです。ファラオ自身は神ラーの子で,生ける神であると考えられていました。そのような状況を考えれば,モーセとアロンがファラオの前に行って,まことの神からの布告を伝えた時の勇気は際立ったものであり,『エホバが何者だというので,わたしはその声に従わなければいけないのか』と述べたファラオの尊大な返答も意味深長なものであったことがよく分かります。―出 5:2。
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出エジプト(エジプト脱出)聖書に対する洞察,第1巻
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エホバの目的に反対したファラオは,奴隷労働者で成る,その大きな国民を失いたくないと思いました。さらに,モーセがファラオに近づき,イスラエルを去らせて荒野でエホバのために祭りを祝えるようにして欲しい,とエホバの名によって願い出た時,ファラオは,「エホバが何者だというので,わたしはその声に従ってイスラエルを去らせなければいけないのか。わたしはエホバなど知らない」と答えました。(出 5:2)ファラオは自分自身が神であると考え,エホバの権威を認めませんでした。とはいえ,ファラオはヘブライ人が以前,み名を何度も使うのを確かに聞いていたに違いありません。エホバの民は最初からみ名を知っており,アブラハムは神をエホバと呼ぶことさえしました。―創 2:4; 15:2。
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