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こじき,物ごい聖書に対する洞察,第1巻
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物ごい,もしくは托鉢の起源は,大昔の東洋の国々にあるようです。ですから,ヘブライ語聖書中には物ごいを行なった形跡が全く認められないこと,イスラエル国民が形成された時からバビロンへ流刑にされる時まで,物ごいが同国民の間で特別な問題となっていなかったことは,なお一層注目に値します。イスラエル人はエジプトを去って,その地の奴隷状態から抜け出ることになった時,「エジプト人に銀の品や金の品やマントを求める[ヘ語動詞,シャーアルの変化形]のであった。……こうして民はエジプト人からはぎ取った」と記されています。(出 12:35,36)しかし,これは神の命令および預言と調和しており,長年にわたるイスラエル人の奴隷労働と彼らがエジプト人のもとで忍んだ不正行為に対する正当な代償とみなされたようです。(出 3:21,22。申 15:12-15と比較。)それは物ごいの習慣の先例ではありませんでした。
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出エジプト(エジプト脱出)聖書に対する洞察,第1巻
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ここでファラオの態度や行動によって引き起こされた論争により,神性に関する疑問が持ち出されました。エホバ神は今や,神として敬われていたファラオを含め,エジプトの神々の上にご自身を高めることが必要でした。神はエジプトに十の災厄をもたらすことによってそうなさり,その結果,イスラエルは解放されました。(「神々(男神,女神)」[十の災厄]を参照。)初子の死という最後の災厄の際に,イスラエル人は過ぎ越しの食事に際してエジプトから進み出る準備をするように命じられました。イスラエル人は,「我々はみな死んだも同然なのだ!」と言ったエジプト人にせき立てられて,急いで出て行きましたが,むなし手で出て行ったわけではありません。(出 12:33)イスラエル人は牛や羊の群れを引き連れ,発酵していない練り粉やこね鉢を携えて行きました。そのほかに,エジプト人はイスラエルが求めたものを何でも譲り渡し,金銀の品物や衣服を与えました。ちなみに,それはエジプト人の物を奪う行為ではありませんでした。エジプト人にはイスラエルを奴隷にする権利がありませんでしたから,イスラエルの民に賃金を支払う義務があったのです。―出 12:34-38。
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