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    聖書に対する洞察,第2巻
    • 手を置くこと 単に何かを扱う以外にも,人や物の上に手を置くことが様々な目的で行なわれました。しかし,その行為には全般的に,指定する,つまり人もしくは物が一定の仕方で認められた,もしくは承認されたことを明らかにするという意味がありました。祭司職の任職の儀式が行なわれた際,アロンとその子らは犠牲となる雄牛と2頭の雄羊の頭の上に手を置き,そうすることによってそれらの動物が,自分たちのために,つまり自分たちがエホバ神の祭司となるために犠牲にされることを認めました。(出 29:10,15,19; レビ 8:14,18,22)モーセは神の命令によりヨシュアを自分の後継者として任命した際,手をヨシュアの上に置きました。その結果,ヨシュアは「知恵の霊に満ち」,イスラエルを正しく導くことができました。(申 34:9)祝福を受ける者として人を指定する際,その人の上に手が置かれました。(創 48:14; マル 10:16)イエス・キリストはご自分がいやしたある人たちに手で触ったり,その上に手を置いたりされました。(マタ 8:3; マル 6:5; ルカ 13:13)幾つかの例では,使徒たちの手が置かれることによって聖霊の賜物が与えられました。―使徒 8:14-20; 19:6。

  • 頭(あたま)
    聖書に対する洞察,第1巻
    • 祭司たちや他の人々は自分たちのために,ある特定の犠牲がささげられる際,それが自分たちのための犠牲であることを認めて,その動物の頭の上に手を置きました。―レビ 1:2-4; 8:14; 民 8:12。

  • 任職
    聖書に対する洞察,第2巻
    • 罪の捧げ物の雄牛 その後,モーセはアロンの子らに衣服を着せてから,罪の捧げ物の雄牛の頭にアロンとその子らの手を置かせました。彼らの行為はその捧げ物を自分たちのため,つまり祭司の家のためのものと認めていることを表わしました。モーセは雄牛をほふった後,その血の幾らかを祭壇の上に付け,残りは祭壇の基部に注ぎ,そのようにして,祭壇で職務を執り行なう祭司たちの罪深い性質のゆえにもたらされる汚れを清めたことを象徴的に示しました。祭壇の角に血が付けられたことは,犠牲の取り決めの効力が流された犠牲の血にあることを表わしていたようです。(ヘブ 9:22)祭壇に血を振り掛けることは,他の捧げ物に関しても同様に求められていました。(レビ 1:5,11; 3:2; 4:6; 16:18)しかし,この日は祭司職のための“叙任の日”であって,罪のための国家的な贖罪の日ではなかったので,雄牛の血は至聖所の中に持って行かれなかったことに注目してください。(レビ 16:14を参照。)他の罪の捧げ物の場合と同様,腸の上の脂肪,肝臓の付属物,および二つの腎臓とその脂肪は祭壇の上に置かれました。(レビ 4:8-10,20,26,31)雄牛の残りの部分は,その皮と糞と共に宿営の外に運ばれて焼かれました。―レビ 8:13-17。

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