-
アブサロム聖書に対する洞察,第1巻
-
-
アヒトフェルは今や,ダビデの軍勢が組織されないうちに致命的な打撃を加えるよう,その夜のうちにダビデを攻めるため,軍勢を率いる権限をゆだねて欲しいとアブサロムに申し出ました。それはアブサロムの意にかないましたが,彼はやはりフシャイの意見を聞くのも賢明なことだと考えました。ダビデには時間が必要であることを知っていたフシャイは,恐らくアブサロム(彼はこの時までに男らしい勇気よりも尊大さやこうかつさをよく表わしていた)に真の勇気が欠けているという点を利用し,またアブサロムの虚栄心に訴えることも意図して,ある光景を生き生きと描写しました。フシャイは,まず時間をかけて圧倒的多数の軍勢を集結させた上,アブサロム自身に指揮を取ってもらうことを勧めました。エホバの導きによって,フシャイの助言が受け入れられました。アヒトフェルはアブサロムの反乱が失敗に終わることを悟ったらしく,自殺を遂げました。―サム二 17:1-14,23。
-
-
アヒトフェル聖書に対する洞察,第1巻
-
-
ユダの丘陵地帯にあるギロの生まれの人。(サム二 15:12)ダビデの力ある者の一人だったエリアムという人の父で,恐らくバテ・シバの祖父。(サム二 11:3; 23:34)ダビデの個人的な助言者だったアヒトフェルの機敏な助言は,あたかもエホバから直接伝えられた言葉であるかのように尊重されました。(サム二 16:23)かつて親密な間柄だったこの友は,後に,不実なことに裏切り者となり,王に反対してクーデターを起こした,ダビデの子アブサロムに荷担しました。その反乱の首謀者の一人だったアヒトフェルは,ダビデのそばめたちを犯すようアブサロムに勧め,また1万2,000人の軍隊を召集し,ダビデが混乱に陥って弱っているうちに,直ちにダビデを追い詰めて殺す許可を願い出ました。(サム二 15:31; 16:15,21; 17:1-4)エホバがこの大胆な企てをざ折させて,フシャイの助言が実施された時,アヒトフェルはアブサロムの反乱が失敗に終わることを悟ったものと思われます。(サム二 15:32-34; 17:5-14)彼は自殺を遂げ,父祖たちと共に葬られました。(サム二 17:23)戦時における自殺を別にすれば,これはヘブライ語聖書で言及されている自殺の唯一の例です。詩編 55編12-14節では,この裏切り行為のことが回顧されているようです。
-