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  • 年代計算,年代学,年代記述
    聖書に対する洞察,第2巻
    • ペルシャ年代学 ペルシャ時代には聖書中の幾つかの重要な出来事が起きました。すなわち,それはバビロンの陥落に続いてキュロスがユダヤ人を解放し,ユダの70年間の荒廃が終了したこと,エルサレムの神殿が再建されて,「ダリウス[1世,ペルシャ人]の治世の第六年に」完成したこと,アルタクセルクセス・ロンギマヌスの第20年に出された布告にしたがってネヘミヤがエルサレムの城壁を再建したことなどです。―代二 36:20-23; エズ 3:8-10; 4:23,24; 6:14,15; ネヘ 2:1,7,8。

      バビロン陥落の年である西暦前539年という年代は,プトレマイオスの王名表だけでなく,他の資料からも得られます。歴史家ディオドロスだけでなく,アフリカヌスやエウセビオスも,キュロスのペルシャの王としての第1年が第55オリンピアード1年(西暦前560/559年)に相当したことを示しており,キュロスの治世の最後の年は第62オリンピアード2年(西暦前531/530年)とされています。楔形文字の書字板はキュロスがバビロンを支配した期間を9年としています。ゆえに,キュロスによるバビロン征服の年代が539年であることは実証されていると言えます。―「聖書年代学便覧」,ジャック・フィネガン著,1964年,112,168-170ページ; 「紀元前626年–紀元75年のバビロニア年代学」,14ページ; 前述の副見出し,「バビロニア年代学」の箇所の注解を参照。また,「ペルシャ,ペルシャ人」を参照。

  • 年代計算,年代学,年代記述
    聖書に対する洞察,第2巻
    • 西暦前607年以降,流刑からの帰還まで この期間の長さは,「この地はみな必ず荒れ廃れた所,驚きの的となり,これらの諸国の民は七十年の間バビロンの王に仕えなければならない」という,ユダに関する神ご自身の布告によって定められています。―エレ 25:8-11。

      聖書預言からすれば,エルサレムが滅ぼされると共にユダが荒廃した時から,キュロスが布告を出した結果,流刑の身になっていたユダヤ人が自分たちの故国に帰還した時までの期間以外に,この70年の期間を当てはめられる時代はありません。聖書預言が明示しているところによれば,その70年間はユダの地が荒れ廃れた状態で経過する歳月となるはずでした。預言者ダニエルはこの預言をそのように解していました。なぜなら,彼はこう述べているからです。「わたしダニエルは,エルサレムの荒廃が満了するまでの年の数を幾つかの書によって知った。それに関してエホバの言葉が預言者エレミヤに臨んだのであり,すなわち,七十年とあった」。(ダニ 9:2)歴代第二 36章20,21節は,ネブカドネザルがエルサレムを征服したことについて説明した後,こう述べています。「その上,彼は剣を逃れた残りの者たちをとりこにしてバビロンに連れ去り,こうして彼らは,ペルシャの王族が治めはじめるまで,彼とその子らの僕となった。これはエレミヤの口によるエホバの言葉を成就して,やがてこの地がその安息を払い終えるためであった。その荒廃していた期間中ずっと,それは安息を守って,七十年を満了した」。

      エルサレムはゼデキヤの第9年(西暦前609年)に最終的に包囲状態に陥り,ネブカドネザルの実際の統治期間の第19年(その即位年である西暦前625年から数えた)に当たるゼデキヤの第11年(西暦前607年)に同市は陥落しました。(王二 25:1-8)その年の第5の月(7月から8月にわたる期間であるアブの月)に同市には火が放たれ,城壁は取り壊され,人々の大多数は流刑に処せられて連れ去られました。しかし,その「地の立場の低い者たちの一部」はとどまることを許され,とどまっていましたが,ネブカドネザルにより任命されたゲダリヤが暗殺されるに及んで,彼らはエジプトに逃げ去り,ついにユダは完全に荒廃しました。(王二 25:9-12,22-26)それは第7の月,エタニム(つまり,9月から10月にわたる期間であるティシュリ)のことでした。したがって,70年にわたる荒廃期間は西暦前607年10月1日ごろから数えられるようになり,西暦前537年に終わったに違いありません。その西暦前537年の第7の月までにはユダヤ人帰還者の第一陣がユダに到着しました。それは,その地の完全な荒廃が始まってから70年たった時のことです。―代二 36:21-23; エズ 3:1。

  • キュロス
    聖書に対する洞察,第1巻
    • 流刑囚の帰還を許したキュロスの勅令 キュロスはユダヤ人の流刑が終わったことを布告することにより,イスラエルのためのエホバの『油そそがれた牧者』としての使命を果たしました。(代二 36:22,23; エズ 1:1-4)その布告は,征服されたバビロンを治める支配者としての第1年を意味する,「ペルシャの王キュロスの第一年に」出されました。聖書のダニエル 9章1節の記録は,『ダリウスの第一年』に言及していますが,これはバビロン陥落からバビロンを治めた「キュロスの第一年」までの時期を指していたのかもしれません。もしそうであれば,筆者はキュロスの第1年が恐らく西暦前538年の終わりごろ始まったとみなしていたことになります。しかし,もしダリウスが副王としてバビロニアを支配したとみなされるとしたら,その治世はキュロスのそれと同時に経過していたことになるので,バビロニア人の習慣によれば,キュロスの第1在位年は西暦前538年のニサンから537年のニサンまでの期間ということになります。

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